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追放された魔力ゼロの土壌オタク、モフモフ神狼の落とし物で死の大地を豊穣の楽園に変える~土を殺した兄は地脈枯渇で破滅する~  作者: 黒崎 隼人


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第4話「蘇る大地の産声」

 発酵床を作り上げてから、三日の時間が経過していた。

 その間、アルトは岩陰から一歩も離れることなく、土の管理に没頭した。

 ルヴァが夜の間に荒野へ出て、小さな魔物や野生の小動物を狩ってきてくれたおかげで、食料の問題は解決している。

 獣の肉を火の魔法の代わりに発酵の熱に近づけて乾燥させ、少しずつ削って飢えをしのいだ。

 アルトの仕事は、一日に数回、発酵床の土をかき混ぜることだ。

 微生物の活動が活発になるにつれて、土の内部の温度は急激に上昇していく。

 高熱になりすぎると、必要な微生物まで死滅してしまう。

 そのため、定期的に外の冷たい空気を混ぜ込み、温度を調整する必要があるのだ。

 アルトが枯れ草の保温材をどけると、土の山から白い湯気がふわりと立ち上った。

 鼻をくすぐるのは、初日のようなわずかな甘さではなく、深く濃密な森の香りだ。

 雨上がりの森に足を踏み入れたときのような、生命の息吹そのものの匂いがする。


「いい匂いね。最初は驚いたけれど、今は不思議と心が落ち着くわ」


 隣で様子を見ていたリリアが、ふんわりと顔をほころばせた。

 彼女もすっかりアルトの作業に慣れ、今では土をかき混ぜる手伝いを自ら申し出るようになっている。

 獣人の彼女は鼻が利き、土の匂いの微細な変化を誰よりも敏感に感じ取っていた。

 アルトは両手を土に深く差し込み、底の方から大きくひっくり返す。

 指先に触れる土の感触は、完全に別のものへと変わっていた。

 最初の黄金の塊や黒土の形跡はすでにない。

 ふかふかとした、空気を含んだ軽やかな黒褐色の堆肥がそこにあった。

 ひとすくい手に取って軽く握ると、形を保ちながらも指先で簡単にほぐれる。

 見事な仕上がりだった。


「完成だ。これなら、すぐにでも土に使える」


 アルトの言葉に、リリアの獣の耳がぴくりと動いた。

 岩陰の入り口付近で休んでいたルヴァも、長い尻尾を揺らしてこちらを見つめている。

 アルトは完成した極上の堆肥を両手で抱え、水場のすぐ外側へと歩き出した。

 水源からかすかに水が染み出している、わずかな範囲の地面。

 表面は白茶色に乾燥し、ひび割れているが、下層にはわずかに水分が残っているはずだ。

 アルトは持っていた木の枝を使い、硬い地面を必死に掘り返していく。

 手にマメができ、それが潰れても構わずに土を耕した。

 水気を含んだ下層の土が顔を出したところで、抱えてきた堆肥を均等に混ぜ込んでいく。

 堆肥が荒野の土に触れた瞬間、信じられない光景が目の前に広がった。

 黒褐色の堆肥から、かすかな光の粒子が波紋のように広がり、死んだ土へと浸透していく。

 白茶色だった土が、まるで水分を吸い上げるように一瞬で濃い茶色へと変色した。

 触れてみると、石のように硬かった土が、スポンジのように柔らかく弾力のある状態に変わっている。

 ルヴァの魔力と微生物の力が結びつき、土壌の構造そのものを瞬時に作り変えたのだ。

 アルトは自分の手のひらを見つめ、震える息を吐き出した。

 前世の知識と、この世界の奇跡が融合した瞬間だった。


「すごい。土が、息をしているみたい」


 リリアが駆け寄り、柔らかくなった土にそっと指先を沈める。

 彼女の瞳には、驚きと深い感動が宿っていた。

 アルトは土の表面を平らにならし、リリアを振り返る。


「土はできた。だが、ここに命を植えなければ始まらない」


 アルトの手元には、種となる植物が一つもなかった。

 いくら極上の土ができても、植えるものがなければ意味がない。

 すると、リリアは自分の外套の裏側を探り、小さな布の包みを取り出した。

 幾重にも巻かれた布を慎重に開くと、そこには数粒の干からびた種が入っていた。


「これは、私たちの一族が代々守ってきた、特別な麦の種よ。でも、もう何年も芽を出したことがないの」


 リリアの声には、諦めとわずかな期待が入り交じっていた。

 迫害され、荒野を逃げ惑う中で、一族の命をつなぐはずだった種は完全に乾燥しきっている。

 アルトはその種を手のひらに受け取った。

 確かに水分は失われているが、かすかに魔力の残滓を感じる。


「この土なら、きっと目覚める」


 アルトは土に等間隔で浅い穴を開け、その一つ一つに麦の種をそっと落としていった。

 土を優しく被せ、上から手のひらで軽く押さえて定着させる。

 水場から手ですくった水を、少しずつ丁寧に振りかけた。

 最後に、ルヴァが近づいてきて鼻先を土に押し当て、低く喉を鳴らした。

 微弱な魔力の波動が、土の奥深くへと流れ込んでいく。

 それは、大地への祝福のようだった。

 その日は、これ以上できることはなかった。

 夜の冷気が降りてくると、三人は岩陰に戻り、静かに眠りについた。

 アルトの胸の奥では、期待と不安が入り交じった鼓動が絶え間なく鳴り響いていた。


 翌朝。

 太陽が地平線から顔を出し、荒野を赤く染め上げる頃、アルトは誰よりも早く目を覚ました。

 冷たい風が頬を刺す中、岩陰から飛び出し、昨日種を蒔いた場所へと向かう。

 足を踏み出し、その光景を前にしてアルトの全身が硬直した。

 朝の澄んだ光に照らされた黒い土の表面から、鮮やかな緑色の双葉が力強く天を向いて突き出していた。

 ただ一つの小さな緑が、死に絶えた大地を打ち破るすさまじい生命の産声となって、アルトの心臓を激しく打ち据えた。

 干からびていたはずの種が、一晩で根を張り、硬い土の殻を破って芽吹いたのだ。

 葉の表面には朝露が光り、周囲の荒野の景色を美しく反射している。


「嘘……」


 背後から追ってきたリリアが、口元を両手で覆い、その場にへたり込んだ。

 彼女の大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ち、乾いた土に染み込んでいく。


「芽が出た。私たちの麦が、生きている」


 震える声でつぶやくリリアの隣に、ルヴァが静かに座り、緑の芽を見下ろしていた。

 アルトはゆっくりとしゃがみ込み、その小さな命に指先を近づける。

 触れるまでもなく、そこから放たれる強烈な生命力が伝わってくる。

 追放された不毛の地で、彼らは確かに一つの奇跡を起こした。

 この小さな芽は、やがて黄金の麦畑となり、大陸全土を覆い尽くす豊穣の始まりとなる。

 アルトは土に触れたまま、空を見上げて深く息を吸い込んだ。

 彼の胸の奥で、確かな決意の炎が静かに燃え上がっていた。

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