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ルザミラにつける冒険者を雇うため、夜が明けの少し前にアガネルはベルリツの執務室へと向かう。この時間にはベルリツが密偵たちの報告を聞いているのだとアガネルは知っている。雇われたばかりの頃に奥様がそう教えてくれたのだ。いまだにその真意はわからぬまま、確認する手段もない。
「旦那様、アガネルです。お時間よろしいでしょうか」
そう言って扉を叩くと、室内で誰かが動く音がかすかに聞こえた。
ベルリツの「入りたまえ」という声がしたので扉を開けると、室内ではベルリツが椅子に深く腰掛け、その視線をまっすぐこちらに向けていた。
「旦那様、報告することおよび許可を求めることをお許しいただけますか?」
「ああ、もちろんだ。手短に頼むぞ」
「はい、まずご報告です。お嬢様がとある件について旦那様には知られたくないとおっしゃっいました。その件については探っていただいても構いませんが、それを悟ればお嬢様は御心を閉ざしてしまうでしょう」
「そうか……それはルザミラがお前に懐いた件と関係するか?」
「関連は現時点では不明にございます」
「そうか」
アガネルは訓練の件をベルリツに隠し通せる自信はない。彼の元に集う諜報員らはとても優秀であり、アガネルの育ての家族である冒険者ギルドのメンバーにすら知られていないアガネルの過去を調べ上げたほどなのだ。そんな情報網を持つベルリツに屋敷内での訓練のことを知られない方法があるだろうか。どのみち知られるのならそれをルザミラに気取られないよう対策を建てて彼女の心の平和を守るのが最適解であろう。
「それで、お前はなんの許可がほしいのだね?」
「はい、冒険者を雇いたく存じます」
「ふむ……その理由は?」
ベルリツは見定めるようにどっしりとした構えで問いかける。
「1つにはお嬢様の希望、もうひとつに私がお嬢様の望みを叶えるのに最も適した方法をそれだと考えたことにございます。お嬢様は様々なことを知りたいとお考えでして、使用人とは違う立場の庶民を宛てがいたいのです。お嬢様の変化についての手がかりも、意外なところから見つかるやもしれません」
「なるほど、それで、信用できる冒険者の選定は如何にして行う?」
「私を育ててくださったギルドマスターに協力を求めればよろしいかと」
一人で生きていく力もなかった幼い頃のアガネルを拾い育てたギルドマスター。実際にはギルドメンバーの多くに支えられて育てられたのだとアガネルは思っているが、ギルドの中で誰か一人だけを父だと言うとしたら彼がそうなのだと思う。
ベルリツもギルドマスターとは面識があり、その人の良い顔を思い浮かべて笑顔を見せた。
「ではお前のいいように事を進めよ、ただし何かの問題が生じた場合は」
「はい、すべての責任は私が」
そんな会話があったのだとルザミラに話したアガネルは彼女に外出を告げる。もちろん、ベルリツがルザミラの訓練を知るであろうという予測については伏せている。
「と、いうわけですので私は冒険者ギルドに行ってまいります。夕方頃には戻りますので、カラム様のお話をよく聞いておいてくださいませ」
「ええ、もちろんですわ!」
ルザミラははりきって頷いた。アガネルがどこかに行ってしまうと思うと不安になるが、自らの意思で1日だけ出るのだから悪いことは何もないだろう。ゲームに登場した冒険者ギルドをこの目で見てみたいという気持ちもあるが、そんなことを言って周囲を困らせるほど自身の身分を分かっていない子どもになりたくなくてルザミラは笑顔でアガネルを見送った。
アガネルが出ている間、他の使用人に頼んでお茶をする気にもなれずにルザミラはカラムのいる客室へと足を運んだ。
「カラム先生、今お時間よろしいかしら?」
「ええ、よろしいですよ。お嬢様、本日はなんのお勉強をしましょうか」
「私は魔法が知りたいですわ。回復系の魔法って私にも習得できまして?」
攻撃系の魔法であればそのいくつかは前の周回で習得している。しかし、誰かを救うために必要な回復系の魔法は何一つ知らないのだ。自身にその適性があるのかどうか、それすら知らないが、もしも使えるのなら習得しておきたい。
カラムはどこか嬉しそうに頬を緩めて笑うと、柔らかい声で申し訳なさそうに答える。
「低級のものであれば可能ですが、それよりも先に魔力の循環や放出を身に着けなければ良い効果は得られませんよ」
「それなら魔力の循環を教えていただきたいですわ。一応私なりに試していますけれど、正しくできているのかはわかりませんもの」
ルザミラがそう答えたため、カラムは魔力の循環についての授業を行う。まずは試しとしてルザミラの魔力循環をみてみると、豊潤な魔力を押し流すことによって循環を生んでいるらしい。これでは過剰な魔力を使ってしまう。魔力の循環とは本来適量の魔力を操り魔法の術式に行き渡らせる繊細な技術なのだ。ルザミラのやり方では術式の構造を崩してしまうため、非効率なだけでなく正確な効果が得られない。
「カラム先生、どうかしら? 私としては回ってはいるけれど、魔力そのもので何かを破壊してしまっているような気がしていますわ」
「そうですね、魔力とは神が産みしエネルギーそのもの……過剰な供給は術式も、それを受けた者をも壊してしまうでしょう。ご自身でそこまで分析できているだなんて素晴らしいですね」
「それなら、どうすれば過剰な魔力を使わずに循環させられるのかを教えてほしいですわ。私一人で頑張ってもたくさん魔力を使わないとうまく動かせませんの」
努力できる人間はカラムにとって大変好ましい。そういう人間は教えたら教えただけ多くの知識や技術を身につけるからだ。自然と教え方に力が入る。
「そうですね、それではまず正しい流れを覚えてもらうために私がルザミラ様の魔力に触れましょう。少量の魔力の動きが感じられたら、その次はご自身で動かすつもりで試してみてください」
「ありがとう! なんだかできそうな気がしてきましたわ!」
ルザミラはぱっと明るい顔をした。カラムはルザミラの手を取ると、そっと魔力に干渉する。
僅かに揺れる自身の魔力に、ルザミラは不思議そうな顔をしてそれを操作できないかと感覚を研ぎ澄ませた。これまで魔力量を利用して回していたときとは異なり、少量の魔力の動きはどこかひんやりとしているように感じられる。これはけして不快な冷たさではなく、少しひんやりとした布団に寝転んだときのような心地よい涼しさに近かった。
「まあ、習得がお早いのですね」
「カラム先生のおかげですわ」
「ふふふ、嬉しいことを言ってくださってもう」
穏やかな時間が流れる。
「努力をなさっておいでですのね」
「ええ、私はもう悪いことはせず、皆様と仲良くなりたいんですもの」
「ふふふ、今のお嬢様ならできますわ」
「そうかしら? カラム先生、感謝いたしますわ」
ルザミラは立派にカーテシーをしてみせてカラムに感謝した。流れるようなその美しい所作はまさしく貴族の令嬢である。
今のルザミラを見ていたら、カラムは本心からそう思えた。これまでの態度とはかけ離れたその姿勢の秘密は気になるが、意外と子どもは予想だにしない成長を予想外な時にするものだ。ここは素直に彼女の成長を喜ぶ。
「ところでカラム先生、今まで魔力を動かしていたときはポカポカしたのだけど、正しい方法だとひんやりしたのは何故かしら?」
「温まるのは過剰な魔力の流動によって体に負荷がかかるからで、涼しさを感じるのは負荷なく程よい魔力が抜けてゆくからだと言われています」
「へぇ! とてもおもしろいですわ!」
きょとんと首を傾げてみせたルザミラにカラムはそう答えた。アガネルがこのやり取りを知れば、どうして自分はその場に居合わせなかったのだろうかなどと考えるだろうが、ルザミラもカラムもそんなことを知る由はない。そのため、幸か不幸かアガネルにこのことが伝わることはない。
この会話が行われている頃、アガネルは木造2階の建物、冒険者ギルドの本舎前までたどり着いていた。まだ午前のおやつの時間を少し過ぎたくらいの時間なので、ギルドでは冒険者たちがわいわいと盛り上がっている声が聞こえている。




