2-1
ルザミラが死に戻りをしたのか、前世の記憶でも目覚めたのか、そこは確定していないままだがアガネルは警戒していた。いきなり態度が変わったあの日、ルザミラの身に何もなかったとはどうしても思えないのだ。万が一も億が一もないように、ルザミラの死につながる人物の情報を探るべく、深夜一人で屋敷中を巡回する。屋敷の主たるベルリツになんの相談もせずそのようなことをしている時点でアガネル自身が不審なのだが、彼にその自覚はない。
時間逆行物語でありがちな数年から数十年規模でのやり直し。その可能性が高いと推測する彼は前世のテンプレート通りに幼少期でのフラグ破壊が有効だと踏んでいる。
「もしも、この世界がなにかの物語の世界なら、その手がかりが見つかるかも知れませんしね」
意味深なことを言っておけば物語的に進展があるかもしれないという願掛けでそんなことを呟く。この世界における主人公が誰であるのかアガネルは知らないが、大抵の物語では意味深なことを言うキャラクターの描写の後には事件につながる手がかりを主人公が得る。そのあるあるが働けば知らないうちに悪いフラグが折れてなくなってくれるかも知れない。そんな希望的観測が100%通じるとも思わないが、可能性があるのならなんだってしておきたい。
ルザミラの件が前世で読んだ物語となにか関係があるのであれば、手がかりになるであろうそれを思い出したいものだ。と、そんなことを思ったとき、窓から見える庭の方で何かが動くのを感じた。
「……あれは」
窓からは木々で隠れてよく見えない庭の一角に人影が入ってゆくのが一瞬見えた。一体誰が何をしているのか、背丈が小さいように見えたため、転生モノあるあるの秘密の特訓をルザミラが実施している可能性もある。しかし、ルザミラの害となる侵入者の線も捨てきれない。
思い木製の扉を留める金具が動く小さな高い音が耳に入る。ちょうどアガネルが立っていたそのすぐそばにはベルリツの執務室がある。
「アガネル、このような時間に何をしておる」
「旦那様……」
執務室から姿を現したベルリツ。なんの意外性も感じずにアガネルは軽く会釈をして言葉を続ける。
「実は、ここ最近お嬢様の様子がおかしいので、ネズミが入り込んでいないか調べていたのです」
「そういうことは私に報告しなさい」
「申し訳ございません」
「して、仔細を聞かせよ」
情報をどこまで伝えるか、彼の優秀な諜報員がどれほど情報を集めているか。アガネルは一瞬考えようとしたが、余計な思考は邪魔だとすぐさま回答に移る。
頼りになる協力者は多ければ多いほど得だ。また、優秀な人間に疑われるとそれだけ行動に制限がかかり損が生じるため、それを回避する意味も込めてベルリツのことは味方につけておきたい。
「はい、はじめは4月2日の朝のことでございました。それ以前は勉強を嫌がっていたルザミラ様が自ら家庭教師を呼んでほしいと言い始めたのでございます」
「イザベラがお前を専属執事にと言ったあの日か……」
「ええ、あの日、私は首を覚悟でお嬢様に進言をしようと思いまして、他の者にお嬢様を起こす仕事を譲ってもらっていたのでございます。しかし、あの日、目覚めたお嬢様は進言する必要もないほどの気遣いをしてみせました」
しばらくの間報告をしていなかったことに罰則が与えられるとはアガネルは思っていない。アガネルが報告しなくとも、どのみち屋敷の内外で情報収集をしている者たちがベルリツに伝えるはずだからだ。万が一なんの情報も伝わっていないのであればそこをつけばいいし、伝わっているのならば諜報員たちがベルリツを裏切っていないかと疑ったことを白状して謝罪すればどうにかなるだろう。
「ほう……ルザミラが変わったのはあの日だったか」
「ええ、あれからお変わりなく、お嬢様は私共使用人を対等な人間として扱うようになられ、その……丁重にお断りしましたが、お茶の時間に同席を求められたこともございました」
「それは確かに妙だな」
具体的な日付だけ報告を受けていないのだろうか。それとも、アガネルに諜報員らの存在を明かすつもりが無く誤魔化しているか。どちらにせよ、話に一区切りがつくまではそのことについて言及すべきでない。
「ええ、私としては、お嬢様には無理をなさってほしくはないのです。適切な成長段階を踏んで、幸せになっていただきたい」
「ああ、それはもちろんだ。アガネル、お前にこの件の調査を命じる。万が一が無きよう、調査の際にはもう一人誰か連れるように」
「承りました。旦那様、ありがとうございます」
あっさりと重要なことを任せるなど、何を考えているのだろうかとアガネルは勘繰る。アガネルをルザミラの専属執事に任命したことといい、この調査命令といい、ベルリツはやけに判断が早すぎはしないだろうか。軽率に見えるその言動に一体なんの意味があるのだろう。
ありがたいからこそ疑いの目を持つべきだと判断したアガネルは言葉を続ける。
「旦那様、1つ質問をしてもよろしいでしょうか」
「うむ、許可しよう」
「……旦那様は何故私を問いたださないのですか?」
ベルリツは眼の前の執事の真っ直ぐな瞳を見て小さく唸った。
「その質問の意図は?」
「はい、私はあえてお嬢様の異変を報告をしないでいました。そのことについて旦那様は報告を命じたのみで問いただそうという動きが見られません。それが私の意図を察してのことなのか、私を怪しんでいて泳がせるためのものなのか、それが知りたいのです」
「そのどちらでもなければお前はどうする?」
「……もしも何も考えていないのであれば私は旦那様への信頼を取り下げるより他にないでしょう。ルザミラ様の安全のためには貴方に無警戒でいてもらうと困りますから。それ以外であれば私には予想もできませんので、その事情によります」
アガネルの回答にベルリツはかっかっかと声を上げて笑った。すぐにアガネルの肩に両手を置くと、ベルリツはよく言った、と一言アガネルを褒めてから語り始める。
「君を試していたのだよ。事情は分からないが、君はルザミラのお気に入りだからね」
「私がルザミラ様の……」
「心当たりがないのかね?」
アガネルは言葉に詰まる。専属に指名されてからルザミラと行動を共にすることが多いが、いまだに何故自身が彼女に指名されたのかすら分かっていないのである。ルザミラに気に入られる心当たりはないのに彼女に頼られ、気に入られているのではと思わされる扱い。それがアガネルから見た現状。
「気に入られているのだろうとは思うのですが、気に入られるきっかけに心当たりがないのです」
「ほう……お前自身にも分からないときたか」
「はい、だからこそ、私がお嬢様のお側に置いていただけているというこの状況はありがたくもあり異常でもあると認識しております」
「うむ……ならば追加の命令だ、お前が何故ルザミラに気に入られたのか、娘の真意を探ってくれ。期限は指定しない」
ベルリツの命令をアガネルは謹んで受ける。しかし、アガネルはルザミラのことを最優先に考えている。
「謹んでお受けします。しかし……」
「どうしたのだね」
「もしもお嬢様ご自身が旦那様に知らせたくないとおっしゃいますれば、私はそれを報告しないかも知れません。私にとっての再優先事項はお嬢様の心身の安全ですから」
「ふむ……ならばそういう場合はルザミラがそう言ったのだということだけは報告してくれ。さすれば深くは触れまい」
「旦那様の深き慈愛に感謝致します」
会話を終え、ベルリツは「正式な命令状は追って渡す」と言い残し執務室へ戻っていった。
アガネルはそれを見届けた後、静かに階段を降りて庭へと向かった。途中で少しだけ寄り道をしたが、庭の人影の姿はすぐに見つけることができた。




