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7 同じ雨


 雨が降っていた。

 冷たい雨だった。

 灰色の空から、途切れることなく落ち続ける。

 前の人生でも、こんな雨の日だった。

「……っ」

 セラは窓辺で、ぎゅっと指を握る。

 嫌な予感が消えなかった。

 夢見の景色が、頭から離れない。

 濡れた石畳。

 咳き込む声。

 青白い顔。

 そして。

 倒れていく母。

「セラ」

 背後から、リディアの声がした。

 振り返る。

 母は外套を羽織っていた。

 籠の中には、包んだ薬草が入っている。

 セラの喉がひゅっと鳴った。

 前と同じだ。

 本当に、同じ。

「……どこ行くの」

 わかっている。

 でも聞かずにはいられなかった。

 リディアは困ったように微笑む。

「熱を出した子がいるの」

 その言葉で、心臓が冷えた。

 夢見と同じ。

 全部。

 全部同じだった。

「駄目……っ」

 セラは母の腕へしがみつく。

「行っちゃ駄目……!」

 声が震える。

 怖い。

 怖い。

 また失う。

 今度も。

 絶対に。

 リディアは驚いたように目を丸くした。

 それから、ゆっくりしゃがみ込む。

「セラ」

 優しい声だった。

「苦しんでる子がいるの」

「でも……っ」

「放っておけないわ」

 その言葉が、前の人生と同じで。

 セラは泣きそうになる。

「嫌……っ」

 子供みたいに首を振る。

 七歳なのだから、実際子供なのだけれど。

 今のセラには、前の人生の記憶が重すぎた。

「お母さんまでいなくなったら……っ」

 その瞬間。

 リディアの目が、わずかに揺れた。

 セラははっと口を押さえる。

 言ってしまった。

 未来を知っているみたいに。

 けれど、リディアは何も聞かなかった。

 ただ。

 悲しそうに微笑む。

「……怖い夢を見たのね」

 静かな声だった。

 責めるでもなく。

 探るでもなく。

 ただ、娘の恐怖を受け止める声。

 リディアはそっと、セラの頭を撫でる。

「大丈夫」

 その言葉が、苦しかった。

 前の人生でも、母はそう言った。

 セラは唇を噛む。

 知っている。

 母は、苦しんでいる人を見捨てられない。

 止められないことも。

 わかっている。

 それでも。

「……いかないで」

 小さな声が零れた。

 リディアの目が、わずかに揺れる。

 けれど。

 母はそっと、セラの頭を撫でた。

「ちゃんと帰ってくるわ」

 優しい声だった。

 昔から変わらない。

 その温かい手に、セラの胸が痛くなる。

 けれど。

 その笑顔の奥に、セラは一瞬だけ寂しさを見た気がした。

 本当に一瞬。

 気のせいかもしれないほど小さなもの。

 けれど。

 なぜか胸がざわついた。

 どうして。

 どうして夢見は、こんなにも優しい人を奪うの。

 後ろでは、エマが不安そうに二人を見ていた。

 雨音が強くなる。

 リディアは静かに立ち上がり、扉へ向かう。

「エマをお願いね」

 振り返って、少し笑った。

 その笑顔が、あまりにもいつも通りで。

 セラは何も言えなくなる。

 扉が開く。

 冷たい風が吹き込む。

 そして。

 静かに閉まった。

 セラは動けなかった。

 胸の奥で、嫌な予感だけが静かに広がっていく。

 けれど。

 今度は違う。

 前の人生と同じにはしない。

 セラは強く拳を握り締めた。

 もう。

 誰も失いたくなかった。


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