6 広がる熱
流行病は、あっという間に広がった。
市場から咳が消えなくなった。
薬屋には毎日長い列ができ、怒鳴り声と泣き声が混ざる。
道端に座り込む人。
熱で倒れる子供。
閉じられた家の扉。
前の人生と、同じだった。
「……っ」
セラは薬草を抱えたまま、唇を噛む。
夢見が現実になる。
その恐怖が、ずっと胸の奥に居座っていた。
怖い。
エマを失うことも。
そして。
王都で今も何も知らず笑っているだろうエリアスを、救えないまま時間だけが過ぎていくことも。
前の人生では、気づいた時には遅かった。
薬は足りなくて。
診療所もいっぱいで。
エマの熱はどんどん上がっていった。
だから今度は。
今度こそ。
間に合わせたい。
「お姉ちゃん」
エマが袖を引く。
「これ、乾いたよ」
小さな手の中には、干した薬草があった。
セラは少しだけ目を細める。
「ありがとう」
家の中は薬草の匂いでいっぱいだった。
乾燥させた葉。
煎じるための根。
細かく砕いた花。
前の人生では、必要になってから探した。
だから足りなかった。
だから今回は、間に合わせたかった。
「お姉ちゃん、最近すごいね」
エマがぽつりと言う。
「……え?」
「なんでも知ってる」
セラの肩が小さく揺れた。
夢見のことは、誰にも言えない。
母ですら、詳しく語ろうとはしなかった。
ただ。
『夢見をしたのね』
そう言っただけだった。
セラは薬草を仕分けながら、そっと目を伏せる。
「……怖いだけだよ」
「なにが?」
「いっぱい」
エマは不思議そうな顔をしたあと、小さく笑った。
「変なお姉ちゃん」
その笑顔を見た瞬間。
前の人生が蘇る。
熱に浮かされた顔。
弱くなっていく呼吸。
『お姉ちゃん、ごめんね』
「……っ」
胸が苦しくなる。
セラは慌てて視線を逸らした。
その時。
扉が叩かれた。
セラの身体がびくりと震える。
「セラちゃん!」
聞こえたのは、子供の声だった。
市場で会った赤毛の少年だ。
セラは急いで扉を開ける。
少年は息を切らしていた。
「妹が熱出した!」
セラの血の気が引く。
「薬草、まだある!?」
「……ある」
即答だった。
前の人生では、“ない”と言うしかなかった。
だから今は。
今度こそ。
「待ってて」
セラは薬草を掴み、煎じ方を書いた紙も一緒に袋へ詰め込む。
少年は泣きそうな顔をしていた。
「助かるか……?」
その声が、あまりにも怖がっていて。
セラは一瞬、言葉に詰まった。
本当はわからない。
この薬草で足りるのか。
本当に助かるのか。
夢見は、残酷なくらい現実になる。
でも。
何もしないよりは、ずっと良かった。
「……助けよう」
セラは小さく言った。
「一緒に」
少年の目が揺れる。
それから強く頷いた。
セラは袋を抱える。
怖い。
本当は怖い。
また失うかもしれない。
助けられないかもしれない。
それでも。
前の人生みたいに、何もしないまま終わりたくなかった。
その時。
部屋の奥で、リディアが静かにセラを見ていた。
何も言わない。
止めもしない。
ただ。
どこか苦しそうに。
そして少しだけ、懐かしそうに娘を見つめていた。
まるで。
かつて同じように、誰かを救おうとしていた少女を見るように。




