表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/12

5  薬草


 市場の空気は重かった。

 湿った風。

 咳をする人々。

 薬屋の前へ並ぶ長い列。

 前の人生でも見た光景だった。

 流行病は、もう始まっている。

「……っ」

 セラはぎゅっと袋を抱えた。

 怖い。

 夢見が、少しずつ現実になっていく。

 前の人生では、気づいた時には遅かった。

 薬は足りなくて。

 診療所もいっぱいで。

 エマの熱はどんどん上がっていった。

 だから今度は。

 今度こそ。

 間に合わせたい。

「お姉ちゃん、これなに?」

 隣を歩くエマが、袋の中を覗き込む。

「薬草」

「こんなに?」

「……うん」

 エマは不思議そうに首を傾げた。

 七歳のセラには、明らかに不自然な量だった。

 けれど説明なんてできない。

 “未来で必要になるから”なんて。

「苦い?」

「たぶん」

「やだなぁ」

 エマが顔をしかめる。

 その顔が可愛くて、セラは少しだけ笑った。

 生きてる。

 今、ちゃんとここにいる。

 それだけで泣きそうになる。

 薬草屋の前には、顔色の悪い人たちが集まっていた。

 咳。

 熱。

 怯えた顔。

 前の人生と同じ。

 全部、同じだった。

「……お姉ちゃん?」

 急に立ち止まったセラを、エマが不思議そうに見上げる。

 セラの視線の先には、小さな子供たちがいた。

 痩せた兄妹だった。

 服は汚れ、靴もぼろぼろで。

 小さな妹の方は、苦しそうに咳をしている。

 その姿が、前の人生の自分たちと重なった。

「……っ」

 胸が痛む。

 前の人生では、誰も助けてくれなかった。

 薬を買うお金もなくて。

 助けを求めても、皆、自分で精一杯だった。

 だから。

 エマは死んだ。

「お姉ちゃん?」

 エマが袖を引く。

 セラはゆっくりしゃがみ込んだ。

「……これ、使って」

 袋から薬草を取り出す。

 兄妹が目を見開いた。

「え……?」

「熱が出たら煎じて飲んで。咳にも効くから」

 兄の方が警戒した顔になる。

「なんで……?」

 知らない子供に、どうしてそこまでしてくれるのか。

 当然の反応だった。

 セラは少しだけ黙る。

 答えられない。

 “未来で君たちは死ぬから”なんて言えない。

 だから。

「……生きててほしいから」

 小さく呟いた。

 それだけだった。

 理由なんて、それだけで十分だった。

 兄妹が目を見開く。

 エマも、ぽかんとした顔でセラを見ていた。

 セラは俯く。

 怖かった。

 また誰かが死ぬのが。

 もう、失いたくなかった。

「……ありがとう」

 兄が小さく頭を下げる。

 妹も真似するようにぺこりと頭を下げた。

 その姿に、セラの胸が少しだけ温かくなる。

 変えられるかもしれない。

 全部じゃなくても。

 少しだけなら。

 未来を。

 その時だった。

 市場の奥で、誰かの怒鳴り声が響いた。

「流行病だ!!」

 一瞬で空気が変わる。

 人々がざわつく。

 恐怖が広がっていく。

 セラの背筋が冷えた。

 始まる。

 本当に。

 前の人生と同じように。

 流行病も。

 エマの死も。

 全部。

「……っ」

 無意識に唇を噛む。

 本当は。

 今すぐ王都へ行きたかった。

 エリアス様に会いたかった。

 毒殺事件を止めたかった。

 未来を知っているのなら。

 一刻も早く動かなければならない。

 わかっている。

 わかっているのに。

 セラの視線は、隣を歩くエマへ落ちた。

 小さな手。

 痩せた身体。

 前の人生では、この子はここで死んだ。

 放ってはおけない。

 置いてはいけない。

「……どうして」

 小さく呟く。

 やっと。

 やっと戻って来られたのに。

 助けたい人が多すぎる。

 エマも。

 お母さんも。

 市場の子供たちも。

 そして。

 エリアス様も。

 もし。

 本当に戻ったのなら。

 エマはまだ死んでいない。

 お母さんも生きている。

 そして。

 エリアス様も。

 まだ、生きている。

 その瞬間。

 胸の奥で、何かが小さく灯った。

 怖い。

 苦しい。

 今でも思い出すだけで吐きそうになる。

 それでも。

 もし本当にやり直せるのなら。

 今度こそ。

 今度こそ――。

 守りたい。

 誰も。

 もう二度と失わないために。

 セラは拳を強く握り締めた。

 残された時間は。

 思っていたより、ずっと少なかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ