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4  『生きている』


 その日、セラはほとんど眠れなかった。

 目を閉じるたび、エリアスの顔が浮かぶ。

 苦しそうに喉を押さえ、崩れ落ちた姿。

 最後まで優しかった目。

『……君は……』

 そこで途切れた声。

「っ……」

 吐き気が込み上げ、セラは慌てて身体を起こした。

 暗い部屋。

 小さな窓。

 聞こえる寝息。

 隣ではエマが毛布にくるまり、静かに眠っている。

 生きている。

 その事実だけで、胸が締め付けられた。

 前の人生で。

 エマは流行病にかかった。

 王都から広がった熱病だった。

 最初は咳だけだったのに。

 熱が下がらなくなって。

 食事も取れなくなって。

 どんどん痩せていった。

 診療所は人で溢れていた。

 薬は高かった。

 どうしても足りなかった。

 それでもセラは、毎日エマの手を握っていた。

『お姉ちゃん』

 熱に浮かされた声。

『泣かないで』

 苦しそうなのに、エマは笑っていた。

『お姉ちゃんのせいじゃないよ』

 その言葉が、今でも胸に刺さっている。

「……っ」

 セラは震える手で、眠るエマの髪へ触れた。

 柔らかい。

 温かい。

 本物だ。

 夢じゃない。

 エマは生きている。

 まだ、ここにいる。

 涙が零れそうになる。

 怖かった。

 また失うのが。

 また、目の前から消えてしまうのが。

「……エマ」

 小さく名前を呼ぶ。

 返事はない。

 規則正しい寝息だけが聞こえる。

 セラは耐えきれなくなって、そっとエマへ抱きついた。

「んぅ……」

 エマが少しだけ身じろぐ。

 その温かさに、セラの肩が震えた。

 生きてる。

 生きてる。

 あの冷たくなった手じゃない。

 熱に苦しそうな呼吸でもない。

 ちゃんと、ここにいる。

「……っ」

 涙がぽろぽろ落ちる。

 するとエマが薄く目を開けた。

「……お姉ちゃん?」

 眠そうな声。

 セラは慌てて顔を背ける。

「ご、ごめん……起こした……」

「……なにしてるの?」

 エマはぼんやりしたまま、セラを見上げた。

 その顔が、あまりにもいつも通りで。

 セラはまた泣きそうになる。

「……なんでもない」

「変なお姉ちゃん」

 エマは小さく笑った。

 それから眠そうに、セラの服をぎゅっと掴む。

「……こわい夢でも見たの?」

 その言葉に、セラの呼吸が止まる。

 夢。

 そう思いたかった。

 けれど。

 お母さんは、戻ったのだと言った。

 エリアスが死んで。

 レオが叫んで。

 フィアが泣いて。

 自分が毒を飲んだ。

 全部。

 あれは本当に起きたことだった。

「ぅ……っ」

 エリアスの顔が浮かぶ。

 泣きそうなくらい優しかった目。

 その瞬間、また胃がひっくり返るような吐き気が込み上げた。

「っ……!」

「お姉ちゃん!?」

 セラは口元を押さえ、必死に呼吸をする。

 苦しい。

 怖い。

 頭がおかしくなりそうだった。

 そんなセラを見て、エマが困ったように眉を下げる。

 どうしていいかわからないのだろう。

 それでも小さな手で、ぽんぽんと背中を叩いてくれた。

「……だいじょうぶ?」

 その手があまりにも小さくて。

 優しくて。

 セラは泣きながら、エマを抱きしめた。

 もう失いたくない。

 誰も。

 もう二度と。

 もし。

 本当に戻ったのなら。

 エマはまだ死んでいない。

 お母さんも生きている。

 そして。

 エリアス様も。

 まだ、生きている。

 その瞬間。

 胸の奥で、何かが小さく灯った。

 怖い。

 苦しい。

 今でも思い出すだけで吐きそうになる。

 それでも。

 もし本当にやり直せるのなら。

 今度こそ。

 今度こそ――。

 守れるのだろうか。


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