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3 死の先に  前編

  セラは小瓶を唇へ運ぶ。


 震える喉で、毒を飲み込んだ。


 苦い。


 焼けるようだった。


「……っ、ぁ……!」


 次の瞬間、喉の奥が激しく痙攣する。

 息ができない。

 肺が潰れる。


 床へ倒れ込み、セラは必死に呼吸を求めた。


 怖い。

 嫌だ。

 死にたくない。

 なのに身体はもう動かない。


 視界が滲む。

 涙なのか、苦しさなのかもわからなかった。

 冷たい床へ爪を立てる。

 助けて。

 そう思った。

 誰に。

 何を。

 今さら。

 そんな資格もないのに。


『……君は、悪くない』


 エリアスの声が、頭の奥で響いた。


「……っ、ごめ……なさい……」


 ぼやけた視界の中で、セラは泣いた。


 ごめんなさい。

 守れなくて。

 信じてもらったのに。

 生きていたかったのに。

 意識が沈んでいく。

 暗い。

 寒い。

 何も見えない。

 もう終わりだと思った。

 ――そのはずだった。

     ◇

 眩しかった。


 窓から差し込む朝日が、瞼を焼く。


「…………え?」


 掠れた声が零れる。

 身体が重い。

 けれど、生きている。

 呼吸ができた。

 心臓が動いていた。


 セラはゆっくり目を開く。


 見慣れた天井。

 古い木の壁。

 小さな窓。

 王宮ではない。


「……なんで……」


 身体を起こした瞬間。

 隣のベッドから、小さな寝息が聞こえた。

 セラの呼吸が止まる。

 そこにいたのは。

 本来、もう死んでいるはずの少女。


「……エマ……?」


 震える声が零れた。

 妹が、そこにいた。


 淡い桃色の髪。

 小さな身体。

 薄い毛布へ包まって、静かな寝息を立てている。


「……っ」


 セラの喉が震えた。


 ありえない。

 だってエマは。

 もう。

 死んだはずだった。


 流行病で身体を壊して。

 熱を出して。

 苦しそうに呼吸をして。

 最後には、セラの手を握ったまま――。


『お姉ちゃん』


 あの弱々しい声が蘇る。

 胸が潰れそうになる。


「……エマ……」


 セラは震える足でベッドへ近づいた。


 怖かった。


 触れた瞬間、消えてしまう気がした。

 夢かもしれない。

 死ぬ間際に見ている幻かもしれない。


 それでも。


 それでも確認せずにはいられなかった。


 震える指先が、そっとエマの頬へ触れる。


 温かい。


「……ぁ……」


 息が漏れた。

 生きてる。

 温かい。

 ちゃんと呼吸をしている。


 その瞬間。


 エマが小さく身じろぎした。

「んぅ……」

 眠そうに目を擦る。


 そして。


「……おねえちゃん?」


 ぱちりと目が合った。

 セラの呼吸が止まる。


 エマは不思議そうに首を傾げた。


「どうしたの?」

「……っ」


 次の瞬間。


 セラは勢いよくエマを抱き締めていた。


「わっ!?」


 細い身体を、壊れそうなくらい強く抱き締める。

 温かい。

 生きてる。

 生きてる。


「お、お姉ちゃん!? 苦しい!」


「……っ、ごめ……っ」


 声が震える。

 涙が止まらない。

 エマは困ったようにぱちぱち瞬きをしたあと、おずおずとセラの背中へ手を回した。


「……怖い夢でも見た?」


 その言葉に、セラの身体がびくりと揺れる。


 夢。


 本当に?

 あれは夢だったの?

 けれど。

 あまりにも鮮明だった。

 エリアスの苦しそうな顔も。

 レオの怒鳴り声も。

 フィアの泣き声も。

 毒を飲んだ時の苦しさも。

 全部、今も身体に残っている。


「……セラ?」


 その時。


 部屋の外から声がした。

 聞き慣れた声だった。

 セラの瞳が大きく揺れる。

 扉が開く。


「朝から騒がし――」


 言葉が止まる。


 そこに立っていたのは、リディアだった。

 セラの母。


 本来なら、もう二度と会えないはずの人。


「……おかあ、さん……」


 掠れた声が落ちる。

 リディアは目を瞬かせたあと、困ったように笑った。

「どうしたの、その顔」

 その瞬間。

 セラの目から、大粒の涙が溢れ落ちた。


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