表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
10/12

9 変えられないもの


 熱は、みるみるうちに上がった。

 リディアは朝にはもう、起き上がれなくなっていた。

「……ごほっ、ごほっ……!」

 苦しそうな咳が部屋に響く。

 セラは震える手で、濡らした布を母の額へ乗せた。

 熱い。

 前の人生と同じ熱だった。

「お水……!」

 エマが小さな桶を抱えて駆けてくる。

「ありがとう」

 セラは急いで布を替える。

 薬草を煎じる。

 水を飲ませる。

 呼吸が苦しくなれば背中をさする。

 眠っている間も様子を見る。

 出来ることは全部やった。

 前の人生では出来なかったことを。

 今度こそ助けたかったから。

 それでも。

「……っ」

 リディアの呼吸は苦しそうなままだった。

 夢見は変わらない。

 その現実が、じわじわ胸を締め付ける。

 何度も額を拭った。

 何度も薬を飲ませた。

 少しでも楽になるように。

 少しでも。

 少しでも。

 なのに熱は下がらない。

「お母さん」

 エマが泣きそうな顔で手を握る。

 リディアは薄く目を開け、小さく笑った。

「大丈夫よ」

 弱い声だった。

 その言葉が、セラには苦しかった。

 大丈夫じゃない。

 知っている。

 この後を。

 もっと熱が上がる。

 咳が止まらなくなる。

 呼吸が苦しくなって。

 少しずつ、弱っていく。

 前の人生で、エマがそうだった。

 そして。

 母も。

「……なんで」

 セラの声が震える。

「なんで変わらないの……」

 薬草もある。

 前よりずっと早く動いた。

 何もしなかったわけじゃない。

 諦めたわけでもない。

 なのに。

 どうして。

 どうして。

「セラ」

 リディアが弱々しく娘を呼ぶ。

 セラは顔を上げる。

 母は熱に浮かされた瞳で、静かにセラを見ていた。

「……怖かったのね」

 その言葉に、セラの目から涙が溢れる。

「……っ、う……」

 止まらなかった。

「助けたいのに……っ」

 声が掠れる。

「今度こそって思ったのに……!」

 変えたかった。

 失いたくなかった。

 夢見なんかに、奪われたくなかった。

 なのに。

 未来は、同じ場所へ戻っていく。

 リディアはゆっくり目を閉じる。

 それから。

 震える手で、そっとセラの頬へ触れた。

「……全部は、変えられないのかもしれないわね」

 静かな声だった。

 諦めにも似た。

 けれど。

 どこか優しい声。

 セラは息を止める。

「でも」

 リディアは小さく笑った。

「変わったものもあるでしょう?」

 セラの肩が震える。

 エマは生きている。

 市場で薬草を渡した兄妹も。

 助けを求めてきた赤毛の少年の妹も。

 前の人生では、救えなかった人たちだった。

 全部じゃない。

 でも。

 確かに変わっている。

「あなたはちゃんと頑張ったわ」

 リディアが静かに言う。

「怖かったはずなのに」

「それでも動いた」

 セラは唇を噛む。

 頑張った。

 確かに。

 怖くて。

 苦しくて。

 それでも。

 ただ見ているだけじゃなかった。

「だから」

 リディアの指が、そっと涙を拭う。

「無駄じゃないのよ」

 涙がぽろぽろ落ちる。

 その時。

 家の外で、大きな物音がした。

 馬の鳴き声。

 人の怒鳴り声。

 慌ただしい足音。

 セラの身体がびくりと震える。

 嫌な予感がした。

 前の人生で、この頃だった。

 父が死んだのは。

「……セラ」

 リディアの掠れた声。

 セラは振り返る。

 母は苦しそうに息をしながら、静かに娘を見ていた。

 その瞳はどこか遠くを見ている。

 まるで。

 次に訪れる運命を、知っているみたいに。

 そして。

 それでも進めと、娘へ託しているみたいに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ