20.祝宴での演奏
「あれだけ練習したんだ。自信をもってやれよ? 緊張する必要なんてねえんだからな」
「ルッチェこそ大丈夫? なんか膝震えてるよ?」
「大丈夫に決まってんだろ」
はっはっは、と大きく笑うけれど、その声もやっぱり硬い。
さすがに宮廷の祝宴で演奏するのは、いつもと勝手が違う。
とはいえ、ルッチェは本番に強くて、演奏が始まってしまえば、しっかり最後までやり通せるとわかっているので、特に心配はしていない。
リヒーナは手に滲む汗を服でぬぐった。
いよいよだ。
ルッチェと目をあわせて頷きあうと、祝宴の行われている大広間へ踏み込んだ。
「……リヒーナ?」
驚きのあまり瞬きを忘れて立ち尽くしていたリヒーナは、ルッチェに小さく名を呼ばれ、慌ててシャルマイを構えた。
大広間には数えきれないくらい多くの着飾った人々がいて、各々話に興じている。
そんな中、リヒーナは大広間のほぼ中央にいた。
けれど周りの人のことは、今はほとんど気にならなかった。
リヒーナは、メーセン侯爵の隣に座っているペールから目を逸らせない。
いつもの緑のマント姿ではなく、メーセン侯爵と並んでも見劣りしない高級そうな服がとてもよく似合っている。
けれどそれはリヒーナの知っているペールではないようで、演者としての自分とペールとの距離がすごく遠いように感じて、リヒーナは戸惑う。
ポン、とルッチェがひとつ太鼓を鳴らした。
それがはじまりの合図。
そうだ、今はまずシャルマイを吹かないと。
今日のリヒーナは男装で、楽器はシャルマイひとつしか持ってきていない。
旅芸人はなんでもやる。求められれば軽業でも曲芸でも、歌でも踊りでも。
できるものが多ければ多いほど、求められる機会も増える。
そうはいっても得手不得手はあるもので、リヒーナが一番得意なのは、小さな頃から父親に教えてもらっていたシャルマイだった。
だから今日もシャルマイを選んだ。
けれど旅の途中で客寄せを兼ねてシャルマイを吹く場合などはともかく、宮廷のような場所では特に、シャルマイは男の楽器という観念が強い。
女がシャルマイを吹けばその事実ばかりが注目を集め、演奏をきちんと評価してもらえることはないだろう。
それなら、男になればいい。
リヒーナは髪を伸ばさないし、いつでも男女どちらにでもなれるような格好をしている。
それは、いつだったかルッチェがペールに説明したように、旅をする上で男装をしていれば面倒が少ないという理由も確かにあるけれど、シャルマイを吹く時のためでもあるのだ。
目を閉じ、集中してシャルマイに息を吹き込むと、練習の成果か、リヒーナの理想どおりの音が広間に響き渡る。
音の響き具合を耳で確かめながら、リヒーナは指を動かす。
シャルマイの音がルッチェの片手笛の音と絡まり、太鼓のリズムに合わせて広間を満たす。
曲は愛する人との死による別れをテーマに書かれている。
もの悲しい旋律は、けれどやがて前を向いて歩くことを決めた若者の前に道が開けるように変化し、最後には明るさを携えて終わる。
最後の一音。
気を抜かず、丁寧に吹き終える。
しばらく余韻に身をひたした後、はっと我に返る。
しん、と大広間が静まり返っていた。
ダメだった?
不安に駆られペールへ目を向けると、その目は大きく見開かれ、まっすぐにリヒーナを見つめている。
え? どういうこと?
どうしよう、とルッチェに救いを求めると、ルッチェは満足そうな笑みを浮かべてひとつ頷いた。
大きな身振りでメーセン侯爵とペールに向かってお辞儀をするルッチェに少し遅れて、リヒーナも慌ててそれに倣う。
次の瞬間、大広間に拍手と歓声が満ちた。
それを聞いて、リヒーナは成功したのだ、とようやく実感することができたのだった。




