エピローグ
惑星プラメルから来た二人が拠点にしていた廃墟は、生活の跡もなく放置されていた。廃墟の裏手に建てられた祠の前で、俺は自分の胸に手を当てる。
アヴェリムを倒して以来、セプティムが表に出て来ることはなかった。
主導権を奪われかけることもなくなり、自分が同調者であることをたまに忘れそうになるのだが、たまに自分の中に誰かいるような感覚が過ぎる。
自分の意志とは無関係に、身体の内側で熱が湧き上がるような感覚が浮かび、その度にあの日の出来事は夢ではなかったのだと自覚した。
「ソーちゃんのこと、本当に誰も覚えてなかったね~」
「……そうだな」
睦月も先生も、他のクラスメイトもソリスの存在を覚えていなかった。
ソリスの席も始めからなかったかのように撤去され、クラスから一人減ったことを誰も疑問に思っていないようだった。
一番応えたのは、ソリスの名前を出した時、睦月が怪訝そうな顔をしたことだ。
施天ノ神や星逢町について、睦月から聞いた話もあったようなのに、その睦月がソリスという名前に聞き覚えを示さなかった。
爺さんにソリスは帰ったのかと尋ねられた時、久しぶりに涙が出た。
惑星プラメル出身の爺さんや陽鞠は確かに彼女のことを覚えていて、それは彼女がこの地を訪れた数少ない痕跡のようなものだったから。
「ソーちゃんがプラメルに帰ってから一ヶ月経つけど、何の音沙汰もないの?」
「ないよ。本来は王女様なんだし、国に戻ったら忙しいだろ。反乱分子の後始末に追われてるんじゃないのか?」
「アタシの前でそれ言うんだ……。宇田川ってソーちゃんに似てきたよね~……」
古びた祠を眺めていた陽鞠が、遠い過去を懐かしむように目を細める。
藤沼鎮沖を憑代にしていたアヴェリムは、翌月分の陽鞠の家賃を払っていた。元から戸籍のある鎮沖の名義で家を借りたようだし、アヴェリムも陽鞠を擁護しようとはしているのだろう。
「陽鞠って国に戻ったら、国家反逆罪とかで捕まるのか?」
「捕まるだろうね~。でも、地球にいる間だけは安全だよ。故郷に戻っても、明日食べるものがあるかどうかも分からないスラム生活を再開するだけだしね」
陽鞠は相変わらず、クラスの女の子達に囲まれて楽しそうに学校に通っている。
変わったことと言えば、目が合った時は周りに気付かれない程度に手を振ってくれるようになったくらいだ。
「宇田川はプラメルで暮らしたいとは思わなかったの? 自分も連れて行って、ってソーちゃんに言ったら、考えてくれたかもしれないよ?」
「んー……思わなかったな」
考えなかったわけではないが、そうしようとは思わなかった。プラメルの常識や制度は知らないし、文化も価値観も異なる場所に移住するのは厳しい――というのもあるが。
「俺の母親もこの町で迫害受けて、それでも学費出したりしてくれてるから。この町には大学ないし、大学進学するタイミングで町を出ようとは考えてたんだ」
高校まで学費を出してもらって、逃げるように町を出るのは母親にも悪い。
カタナシの子供を産んだ母も冷遇されているから、いつか町を出る時には家族二人で出られたらと思っている。自分だけ自由になっても、残してきた親が気掛かりでは町の束縛から逃げ切れたとは言えない。
「大学進学して、こっちでも生活できるようにしてから移住するとか。そうじゃなくても、今すぐ決めることじゃないと思ってる」
「変なとこで現実的だよね~」
「無一文で別の惑星に行くってなったら、相応に考えることはあるのだぞ!」
この町に残るなら人の目がある場所で話さない方がいいと伝え、たまに放課後はこうして拠点となっていた廃墟に集まって話すようにしている。
爺さんの屋敷にも通い続けているが、あれ以来爺さんの口からプラメルの話は聞けていない。いつか陽鞠にも、プラメルにいた頃の爺さんの逸話を聞いてみようと思っている。
陽鞠と分かれた後は、一人で見慣れた河原を歩く。
家に向かうまでの道のりを共に歩く護衛はもうおらず、ここ一ヶ月は一人で帰っている。ソリスと出会うまでは一人で帰るのは当たり前だったのに、それが酷く寂しく感じられた。
「……寂しい、か」
ずっと見ないようにしてきた自分の問題を突き付けられ、俺の内面も大きく変わった。
それなのに、これだけの影響を残していった少女の姿はどこにもない。
辺りに人がいないと分かり、俺は膝を抱えてその場に蹲った。
ソリスが国に戻った日から、心にぽっかり穴が開いたような感覚が消えない。今頃、彼女は王女としての務めを果たしているのだろうか。
惑星プラメルに転移させられた時、もっと観光気分で見て回れば良かったなと思った。
ソリスが生まれ育った土地のことを、俺は何も知らない。
地球を訪れた彼女が、星逢町についてほとんど知らなかったように。
今度来たら、もっと色んな場所に連れ出してあげたい。護衛のために来ていた時はそんな余裕なかったけど、星逢町にも面白い場所はたくさんある。
なんて、いつになるか分からないことを考えて、膝に手を置いた時。
「いつまで蹲ってるの、キミ」
明るく澄んだ声が耳朶を打ち、鼓動が早く動き出した。
忘れもしない、その声は。
「ソリス――」
顔を上げた先で銀髪の少女が笑った。




