第2章15節 懺悔
俺が星玉を拾ったことも偶然ではなかったのだ。同調の素質も最初からあって、ソリスと接触するまでそれを知らずに生きてきただけだった。
ようやく納得できた俺に、爺さんはふと鋭い目を細める。
「それで少年、なぜプラメルの人間二人を連れて来た? 何か用があったのではないのか」
「あ、いや、この二人は送ってくれただけで。爺さんに用があったのは俺なんだ」
ソリスの前で言うのは気恥ずかしさもあるが、爺さんに早く伝えたいことがあった。服も泥だらけ、全身傷だらけの状態で、爺さんに一分一秒でも早く伝えたかったことが。
「爺さんもこの町で長く過ごしてきて、カタナシについて聞いたことはあるよな。俺がカタナシだってことも、言ったことはなかったけど、気付いてるんだろうなと思ってた」
「……それが、どうかしたか」
「カタナシの人間が村八分を受けるのは、この町では当然のことだからさ。気にしたことなかったんだ。町の人に避けられるのも、石を投げられるのも、生まれた時からずっとだったから」
それが村八分と呼ばれる行為であることは知っていた。
けれど、村八分を受けない「普通」の人生を送ったことがない俺は、普通になりたいと思うこともなかった。俺がどこの誰かなんて、この狭い町ではすぐにバレる。
廊下で会うたびに普通に話してくれた相手が、翌日には俺の素性を知って避けてくることだって日常茶飯事だった。
「俺の唯一の友人は、村八分を受ける対象ではなかったけど、それなりに変わったヤツで。村八分を受ける人間とは口も利いちゃいけないのに、平然と声掛けて来たんだ」
ソリスが教室で声を掛けようとして来た時、俺の立場を説明しないといけないのだと知って。町の外の人間から見たら、おかしな風習なのかもしれないと、思ってしまった。
「睦月は村掟を知って破ってたから、俺は止めたりしなかった。でも、町の外から来たソリスには、町の風習についてもいつか説明しないといけないんだって気付いて――町の外では村八分とか、受けなくて済むのかなって、少し考えちゃったんだ」
惑星プラメルの王女は、マリンブルーの瞳を目一杯見開いていた。
「この町で過ごすソリスには、話さなきゃと思った。でも、自分が最底辺の人間だって伝えるのが怖かった。知られたくないとか、それが恥だとか思ったことなかったのにさ」
ムラ文化の名残を継ぐ町は、横の繋がりが強い。俺が言わなくても誰かが俺の素性を伝えるだろうし、そもそも積極的に人と関わろうとして来なかった。
カタナシと口を利いたことが知れ渡れば、俺とうっかり口を利いた相手も同じような仕打ちを受けることになる。
「俺は何の疑問も持たずに、町の風習を受け入れたつもりになってた。でも多分、本当はこの町がおかしいって、この風習に何の意味もないって、気付かないフリをしてるだけだったんだ」
町の外から来たソリスと関わったことで、自分が直視したくない現実から目を逸らしている事実を突き付けられた。
ソリスに純粋な疑問をぶつけられるたび、自分が惨めな人間だと気付かれたくなくて誤魔化した。この町での自分の扱いが、気付かれていないことに安堵した。
「俺が宇宙に興味を持つようになったきっかけだって、人に言えないような浅ましい理由だったから。だから、爺さんにもソリスにも言えなかった」
声が震えそうになり、腹にぐっと力を籠める。
「片親が分からないなんて理由で村八分を受けるのは、どうにもできないことだ。だから、自分の意志で選んだことで差別されるなら、まだ受け入れられると思ったんだよ」
「……タカヒロ、どういう意味……?」
「天体に関心を示した人間は、異端者として村八分を受ける。それなら俺は、天体に興味を持ったことで差別を受けるようになったんだって、自分で納得できる理由が欲しかったんだよ」
村八分を受ける理由を、自分で納得できる形に落とし込むために。
俺は天体について調べ始め、宇宙人との交信を試みる変な人間であるかのように振る舞った。
「爺さんには何度も迷惑掛けたな。傷だらけで屋敷に寄って、手当してもらったりさ」
「……お前さんのせいではない」
「それを伝えたかったんだ。爺さんはいつも心配してくれてたしさ。ようやく見て見ぬフリしてきたこと、受け止められそうなんだ」
俺は胸を押さえ、そこにいるはずのもう一人のことを考える。
「あのさ、爺さんはセプティムの教師をやってたんだよな?」
「大昔の話だがな」
「セプティムは何の機能も司ってないって聞いた。爺さんもそう思うのか」
爺さんは探るように俺を見るだけで、否定も肯定もしなかった。
「オキュラスさんは施天ノ神がしたことを、自分と同じように蔑まれる子供に地位を与えるためって言いましたよね。自分と同じように、ってどういう意味だったんですか」
オキュラスは少し目を逸らし、小さく口を開く。
「セプティムは厄介者として、国民から疎まれていたものですから。けれど、ヒトが造った概念を持たないセプティムは、自分の何が悪いのか気付くことができなかった」
「何が国民にとって迷惑になるか、何が喜ばれるかセプには理解できんのだ」
なぜ自分が嫌煙されるのか、自覚できない。それでいて、嫌煙される自分に同情や理解を示されることも嫌う。なるほど、面倒臭い性格だ。
「精神体の機能って自己申告制なんですか」
「大半は観測した人間の見解次第です。各自の性質や権限で推察しているだけですから。その機能に当てはまる概念に、まだ名前が付いていないこともあります」
生命維持に必要な能力を生体機能、何かを判断する能力を認知機能と呼ぶのは、人間が便宜上そう名付けただけの概念だ。それぞれの精神体が持つ機能に該当する概念を、人間がまだ名付けていないことだって確かにあるだろう。
「じゃあ、やっぱりセプティムにも機能はあったんだと思う」
惑星プラメルの二人は、主従揃って首を傾げる。
「伝承を聞く限り、俺はセプティムと全然似てないんだよ。でも、こうして同調できた」
俺は暴れ馬のような性格でもなく、友人を殺されて反逆するほどの反骨精神もない。思考回路や感情の機微に共通点があるとすれば、それはきっとセプティムの機能に関連するものだ。
「多分さ、セプティムの権限は『防衛機能』なんじゃないか」
破天荒な厄介者に似つかわしくない言葉に、ソリスは怪訝そうな顔付きになった。
「防衛機能って……あんな好戦的な存在が防衛を司るって、こと?」
「防衛機制とも言うんだけど、受け入れがたい苦痛や状況を消化する無意識の心理作用というか。それを地球では防衛機能って言うんだよ」
思い通りに行かない状況を前に、破壊衝動に任せて攻撃に転じる人もいる。それも俺が自分の置かれた環境を正当化して受け入れてきたのと同じ、防衛機能の一種だ。
オーストリアの心理学者、フロイトの提唱だとどこかで聞いた覚えがある。
「アヴェリムってヤツは、生命機能が適切に守られない環境を生まないために反逆を企てた。それと同じで、セプティムは当時のカタナシの子供達の防衛措置として、機能しようとしたんじゃないか」
憶測と言えば、ただの憶測だ。けれど、セプティムの意思が入った今の俺がそう思うということは、意外とセプティム本人の考えに近いのではないだろうか。
「そうじゃなきゃ、憑代をカタナシに限定する理由がない」
爺さんの方を見ると、白髪頭の老人は鷹揚に頷いた。
「儂の考えも概ね一致している。あの弟子はヒトの心因に作用するものを司っていたのだろう」
「そっか――。帰ったらお父様達にも報告しないと……」
爺さんは自分の腕を真っ直ぐ伸ばす。
「儂の寿命や体質はそこの二人と異なる。これもイリティムの消滅によって、ヒトの身から何らかの機能が消えた証だろう」
「あ、そうか。セプティムの理解者――イリティムも精神体だったんなら、消滅したことで何か一つヒトの機能が減った……ってことになるのか」
「それが何だったのか、今となっては分からんがな」
その一つが寿命に関わるものだったことは確かで、それ故にイリティムの消滅前に生まれた人と消滅後に生まれた人で寿命が異なる。
精神体同士は相手を消滅させられるとのことだった。
さっきアヴェリム殺害を容認していたら、免疫力や成長に必要な要素を取り込めない生物で溢れ返ったのだろうか。そうなっていたら、生物の寿命はさらに短くなっただろう。
「儂はこれからも、この場所で観測を続けるつもりだ。疑問があればまた来い」
「あ、ああ。今回はゆっくりできないけど、次は腰を落ち着けて星を見に来るよ」
爺さんの屋敷を離れ、俺は改めて帰路に着く。
夜の気配を漂わせる周囲に街灯はなく、やけに寂しい空気が流れていた。
「色々とありがとな、ソリス。反乱分子の件は解決しそうだし、プラメルに戻るのか」
「そうだね、もう護衛の必要もなさそうだから」
「セプティムの器を地球に残していくのは、そっちとしては問題ないのか?」
「反乱分子の手に渡ったり、精神体に殺されたりしない限りは大丈夫。タカヒロもこれまで通り、普通に生活して問題ないよ」
これからも何一つ変わることなく続くはずだった俺の日常に、突如現れた宇宙人。俺が自分を認めるきっかけをくれた人。
短い間だったけれど、大切なことをいくつも教わった。
「転校してきたばっかりで、もういなくなるんだな」
「電波を使って一般人に紛れ込んでただけだし、立ち去って電波の影響が消えたら、わたしがあの学校に通ってたことは皆の記憶からなくなる」
「そういうもんなのか。じゃあ、俺もソリスのこと――」
「タカヒロは忘れないよ、電波の影響だって最初から効いてなかったでしょ?」
町の外からの転校生が来て騒ぎにならなかったのは、現地人が違和感を覚えないようにする電波が働いているからだと言っていた。
俺は転校生の存在に誰も驚いていないことを疑問に思ったくらいだし、確かに始めから効いていなかったのだが。
「完全体じゃなかったとはいえ、仮の同調者ではあったからね」
「そうか、俺が同調者でいる限りは効かないのか」
「精神体の同調者とか、プラメル出身のヒマリには全く効かないよ。ほら、初めて会った時に藤沼鎮沖って人も、見慣れない顔だって言ってきたじゃない」
「あれって電波の影響が効いてなかったからだったのか」
「そうだよ。そうじゃなかったら、町内会長の人もあれこれ勘繰って来ただろうし」
家の前で足を止め、暗がりに浮かび上がる銀髪と向かい合う。
化け物に命は狙われるし、自分がカタナシであることを否応なしに突き付けられるし、念願叶って宇宙人と出会った日から散々な目に遭ってきた。
彼女と出会う前の自分には戻れない。
この数日間、彼女と過ごせて良かったと思っている。
「もう会えなくなると思うと、なんか……悲しいな」
「わたしはまたお忍びで来てもいいよ。星玉の主の様子を見るって名目で、こっそり地球に来てあげる」
俺達の様子を見守っていたオキュラスが、コホンと空咳をする。
「私の転移でも移動できますので、行き来はそう難しくありませんよ。タカヒロ様も一度、プラメルに来られたのでお分かりかと思いますが」
「でも、俺はそっちに行く技術がないので……。待つしかできないって悶々としますよ」
「アヴェリムがそうだったように、同調者であれば転移は可能です。タカヒロ様もいつか自在にプラメルと地球を行き来できるようになりますよ、きっと」
何年後になるか分からないけれど、俺も自分の意志で転移ができる可能性がある――。
そう思うと少し、前向きになれそうだ。
「じゃあね、タカヒロ。次会う時は護衛じゃなくて、プライベートで来るから」
ソリスはにっこり笑って、右手を差し出す。
「ああ。待ってる」
その手に自分の右手を重ね、握手を交わした。
この広い宇宙のどこかで生きてきた少女と、また会えることを願って。




