第2章14節 彼の神の機能
陽鞠と分かれた後、ソリスとオキュラスは家まで送ってくれた。もう護衛の必要はないのだが、これまでの習慣もあって同行してくれている。
「あ、そうだ。家じゃなくて、シダ爺の屋敷に送ってもらってもいいか?」
「あの場所でしたら、私は何度か同行してますね」
シダ爺の家の前で分かれ、草木の生い茂った庭に入って行こうとした矢先。
庭の方から丈の長い草を踏み分ける音がして、作務衣姿の白髪頭が姿を現した。
「……少年か、嫌な気配がするものだから警戒してしまった」
「嫌な気配って……あ、そういや爺さん、二人とは初対面だったな」
二人を紹介しておこうと振り返った時、ソリスとオキュラスは凍り付いていた。
「大賢者様……⁉ ここに住んでた、の……?」
「地球に定住を決めたとはお聞きしましたが、まさか大賢者様がここにお住まいとは……」
白髪の爺さんは厳格そうな顔付きに、シワを濃く刻む。
「少年、この者達はどこの誰だ?」
「えっと、メイド服の人がオキュラスさんで、こっちがソリス」
「オキュラス……? その者が当代のオキュラスなのか」
屋敷に戻って行くシダ爺の後ろ姿を見た途端、電流が走るように指先がバチッと動いた。腹の底が熱く、自分ではない誰かの意思が入り込んで来たのが分かる。
「お、いっ! 今はやめろっ、出て来んなって……!」
口元を押さえて屈んだ俺の異変に気付き、爺さんがこちらを振り返る。怪訝そうな顔をしていた。俺が逆の立場でも、同じ顔をしたと思う。
「オキュラス殿。この少年は今、どのような状態なのだ」
「あ、精神体・セプティムの器となった状態です。さきほど完全な同調を終えたばかりで不安定な状態になっているようで……」
「セプの……? 同調の素質はあると思っていたが、やはり憑代になっていたか」
同調、憑代。地球人が知るはずのない精神体に関する文言を口にした爺さんを、オキュラスはじっと見ていた。
「大賢者様ターレス様、ですよね……? 惑星プラメル最高の知識人と謳われた……」
「儂のことを知る人間が、地球まで遥々何の用だ」
呆然としていたオキュラスは恭しく一礼する。それは形ばかりの礼儀ではなく、心底の畏敬を念を感じさせるものだった。
「本当はもっと早く、お会いしたかった。貴方の知識が借りられれば、反乱分子の活動も早く鎮められたでしょう……」
「プラメルに残れば、面倒事が舞い込んで来るのは目に見えていた。儂のような老いぼれの知識が必要になることなどもうなかろう」
恭しいオキュラスの姿勢に、俺は何とも言えない立場だった。主導権の戻ってきた口を動かし、今までとは違う心境で爺さんとソリス達を見比べる。
「えっと、オキュラスさん。爺さんのこと、ご存知なんですか」
「ええ、この方は大賢者ターレス様。セプティムに教育を施した偉人です」
それでさっきから、セプティムが表に出ようと暴れているのか。必死で抑え込んではいるが、セプティムが今にも爺さんに飛び掛かりそうな勢いで反応している。
「セプティムの理解者が亡くなったのも、大賢者って人に教育を受けたのも、伝説って言えるくらい昔の出来事なんですよね? だったら爺さんって一体、何歳……」
「儂は精神体に近い原初の人類だ。寿命という概念は持たぬ」
「えぇ……、爺さんってそんなトンデモ人間だったんだ……」
というより、気になったのは。
「爺さんは惑星プラメルから来た人、だったのか……? つまり、宇宙人、みたいな」
「儂から見れば、地球人も宇宙人ということになるが。そうだな、儂はプラメルの人間だ」
小学生の時からずっと、宇宙人との交信を試みてきた俺の身近に、宇宙人が住んでいたなんて。宇宙人というとソリスの触覚のように、見た目にも地球人とは何か異なるものを想像していたから、爺さんの姿はあまりにも自然に溶け込んでいて全く気付かなかった。
「も、もっと早く言ってくれても良かったのに……!」
「地球の人間に、より高次の技術を持った異星人がいると気付かれるのは禁忌だ。江戸時代にセプがしたことも、プラメルに戻れば罰則対象に値する」
「神様を名乗って、田畑を燃やしたりしたことが……?」
「派手に動いてくれたものだ、あの馬鹿弟子め」
爺さんは苦々しく顔をしかめる。
「地球に大賢者様がいるって聞いて、星玉を地球に避難させたんだけど……。大賢者様じゃない人が持ち主になってたから、わたしも最初はビックリしたよ」
「……そういや星玉を拾った日って、爺さんの屋敷から帰る途中だったような」
「より持ち主に相応しいタカヒロを選んで、星玉が軌道を変えたんだろうね」
「マジか、本当は爺さんが受け取るはずだったのか……」
たまたま落下地点の近くに適性を持った俺がいたせいで、幸か不幸か俺が持ち主に選ばれてしまったようだ。
「それじゃ、爺さんが天体観測を続けてた理由って」
「誰かが地球からプラメルの様子を観測する必要があったのだ。プラメルの人間は星の並びを重視する。それを最も効率的に観測できる場所は地球だからな。この町は特にプラメルの観測を続ける上で相性が良かった」
初めて星玉を拾ったあの日以前から、惑星プラメルとの繋がりはすでにできていたのだ。
それを知らされずに人生の半分以上を生きてきただけで。




