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この広い宇宙と交信中  作者: 泉河ミナヅキ
第二章 「カタナシ」の子供
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第2章13節 俺/我

「だって、俺の名前を騙るとは思わないだろ」


 何千年も、下手したら何万年も前から存在する記憶が、頭に流れ込んで来る感覚に酔いそうになる。自分が内側から塗り替えられていくような感覚に、意識だけが取り残されていた。


「施天ノ神は地球に追放された時、着陸した土地の住人に付けられた名だ。セプティムと名乗ったのだが、言いやすいように変えられたというか」


「『セプティム! 君が我を倒す理由もないだろう! この手を止めろっ!』」


 精神体の能力を引き出せたとしても、仮にも身体は生身の人間。

 拳を振り下ろせば聞くに耐えない音はするし、苦悶に歪む表情には顔をしかめたくなる。


「おれ、が――我が理由を持って行動したことの方が、少ない気がするが? そんなことも忘れたのか、アヴェリム」


「『親友を失って大人しくなったかと思えば、変わらんな』」


 藤沼鎮沖ではない精神体の表情で、男は顔を歪める。

 その一言で俺の中にいたそれが、心当たりのある光景を思い出そうとした――ようだった。その景色が同調している俺の頭に、鮮烈に流れ込んでくる。


「ぁ……え、うわ、あああァァ!」


「タカヒロ、なに⁉ 同調の不備っ?」


 磔にされた認識が火炙りに処されている光景が、鮮明に思い浮かぶ。ここ数日の夢で見る映像のように、やけにリアルで当時の心境まで蘇ってくるような場面。

 性別も分からない、辛うじて人間だと分かる程度の姿をしたその人は、俺の、友人だった。

 精神体・イリティム。俺の――違う、セプティムの唯一の理解者。

 たった一人の大切な存在を、目の前で焼かれる『彼』の心情が流れ込んでくる。髪や皮膚が焼け焦げる臭いと、二度と還らない友人に対する悔恨と絶望。


「俺は――っ違う、セプティムは暴虐の限りを尽くして国民の恨みを買った。セプティムを直接倒すことはできないと踏んだ国民は、その唯一の友人を狙った。そうだな、アヴェリム?」


「『懐かしい話をするのだな』」


 最早どちらの意志によるものか、自分でも分からないままに俺は男の首に手を掛けていた。


「同調中に憑代を殺されたら、精神体の方も存在維持が難しくなる。それでも、たかが人間に我ら精神体を殺す実力なんか、あるはずないだろう」


 自分の喉からは絶対に出ないような、低い憎悪が放たれる。


「『そうだろうな。生物としての機能を司る我らに反逆すれば、ヒトは手痛い仕返しを食らう』」


「『だからっ、あのような反乱起きるはずがなかったのだ! 貴様が(そそのか)したりしなければ‼』」


 ミシミシと悲鳴を上げる鎮沖の頚椎(けいつい)を、絞め上げる感触が気持ち悪い。

 吐き気すら込み上げる俺と違って、この身体を使うセプティムに手を緩める気配はない。


「やめろ、マジでやめてくれ、セプティム……っ! 俺を人殺しにする気か……ッ」


 肉体の支配権が一瞬戻り、男の首から手を離すことには成功した。

 セプティムは首元を押さえてむせ返る男――アヴェリムを見下ろす。


「『あの日、イリティムを焼き殺すように言ったのは貴様だろう』」


 喉を押さえた男は、(いびつ)な笑みを浮かべる。


「『へえ。頭の出来が悪い君にしては、よく気付いたな』」


「うそ、だって史実では動乱の最中に死を遂げたとしか……」


 主導権を取り戻したセプティムは、陽鞠の方を向く。


「『おい、反乱分子の小娘。この下劣野郎はガングリオの製造に手を貸したらしいな』」


 自分の喉から低い、腹の底から抉り出すような声が発せられる。


「は、はい。本来なら時間も金銭もかかるところを、セプティム様……じゃなかった、その御方の助力で負担軽減でき、ました」


「『我にそのような権限はない。というか、我は――セプティムは何の権限も持っていない』」


 殴られて酷い負傷を負った男は、空洞と化した右目を細める。


「『現在まで残った他の精神体と違って、セプティムは何も持たない無能だ。そのくせ同調者を使って好き勝手暴れ回るクソ野郎を懲らしめて何が悪い?』」


「『黙れ、焼き殺すぞ』」


 吹き飛ばされたダガーナイフを拾い、陽鞠は小さく手を挙げる。


「あの、精神体の機能について、よく知らないんですけど~……何の機能も持たないってこと、有り得るんですか?」


「『お父様は適当に乱数を量産しているだけだからな。有り得るのではないか?』」


 セプティムは鎮沖の腹を踏みつける。


「『コイツが司るのは生体機能だ。ガングリオ程度の簡易な生命体を維持する栄養は与えられるし、免疫にも多少は関与できる。他にも認知機能や生殖機能を司る者はいるぞ』」


 俺の手がアヴェリムの襟首を掴み、思いきり壁に叩き付ける。


「『貴様を消せば、世界から人間は消え去るかもしれんな? 試してやろうか』」


 自分の意志ではどうにもならない腕が、全力の殺意を持って彼を絞め殺そうとしていた。どこまでも俺を殺人犯にしたいらしい精神体(アストラル)の精神に、意識が飛びかけた時。

 カツンと靴音がして、視界の端で黄金色の髪が揺れた。

 河原に駆け付けた彼女の姿に、セプティムが狼狽したのが伝わってくる。


「やめなさい、セプティム。二度と肉体を得られなくなって困るのは、貴方も同じでしょう」


 アヴェリムの首を掴む手から力が抜け、男の身体はどさりと床に崩れ落ちる。


「『……お父様の末端如きが、我に何を指図するというのだ』」


「そんなことをすれば、イリティム様と出会う前の貴方と変わらない」


「『その頃の我を知らぬだろう、貴様は』」


「創造主様の記憶は共有しています。貴方だって、その同調者を巻き込みたくはないでしょう」


 それが俺を指しているのか、隻眼の男を指しているのかは分からなかったが――自分の中から少しずつ、セプティムの意識が薄らぐのが分かった。

 身体の中から熱が抜けていき、俺は自分の手を閉じたり開いたりして感覚を掴む。


「お身体の方は問題ありませんか、タカヒロ様」


「は、はい。俺が同調してたのは、セプティムだった……ってこと、なんですか」


「そうなりますね。アヴェリムの手で封じられたセプティムが、まさか力を貸してくれるとは思いませんでしたが」


 淡泊に答えた彼女に聞きたいことがあった。


「オキュラスさんは俺を選んだ精神体(アストラル)が、セプティムだって気付いてましたよね? 俺がセプティムとは違うとか、言ってましたし……」


「……貴方に同調するとしたら、セプティムだろうと思っていましたから」


 オキュラスはスカートの端を摘まんで、ソリスに頭を下げる。


「精神体との交戦に遅れてしまい、申し訳ございません」


「気にしないよ、オキュラスの身体もまだ万全じゃないんだし」


 隻眼の男は力無く倒れたまま、動こうとしない。父親の末端であるオキュラスの来訪には、気付いているはずなのに。


「この人、アヴェリムでした。一度は反乱を起こしたセプティムの封印に協力したのに、今回は国家転覆のために反逆するなんて……ちょっと、想像しにくいですけど」


 項垂れていたローブの男、アヴェリムの落ち窪んだ眼窩が俺の方を向く。


「『お父様の末端を作り出すのみで、精神体の情報をほとんど言い伝えることもなくなった王家に何を期待しろと言うのだ』」


「アヴェリム。精神体は共感を覚える人間にしか協力しないのでしょう。そちらの方に協力されたのも、共感できる考えがあったからではないのですか」


 そう言ってオキュラスが指したのは、反乱分子だった少女。


「アタシも、精神体を宿した宝石をスラムで見つけた時はビックリしたよ。あんな場所にあって良いものじゃないと、思ったから」


「『我が宿っているとも知らずに、石をスラムに投げ捨てた人間には腹が立った。だが、あの劣悪な環境に人が住んでいることには、もっと腹が立った』」


 片膝を立てて上体を起こした男は、黒い隻眼で陽鞠を見据えた。


「『生命機能を司る存在が、人類の生育環境に適さぬ環境を呪うのは道理だと思うが?』」


 その言葉には俺も、喉元まで出かかった言葉を呑み込んだ。


「『王家がスラムを改善しないことにも、事情はあるのかもしれぬ。だが、生命機能を守るモノとしてお父様に造られた我が、あの劣悪な環境を放置した王家に反逆しない選択肢はなかった』」


 普段より紫がかって見える髪の合間から、宝石が嵌まっていた空洞が覗く。


「『これは我の意志ではない。生命機能を司るとは、そういうことだ』」


 精神体の思考は人間には理解できないと、創造主の意思を宿す彼女は言った。

 自分が担当する機能が適切に守られない環境を、本能的に排除しようとする。それが精神体の宿命である以上、彼らは意思疎通の取れない関数と言えるのかもしれない。


「あのさ、なんで藤沼鎮沖はアヴェリムの同調者になれたんだ? 精神体ごとの性格に近しい人間が同調者に選ばれる、みたいだけど。どの辺が同調できる要素だったのかな、って」


「『分からぬ』」


「えぇ……? 自分のことなのに……?」


「『同調者の素質は見抜けるが、どこが同調の要素なのか自分では分からぬ。自分の性格については、自分が一番認知できぬものだ』」


 アヴェリムの声のノイズが薄れ始めた。

 その違和感には本人も気付いたようで、喉を押さえて声を調節している。


「『やはり長時間は居続けられんな。次に目を覚ました時、我はこの同調者と主導権を交代しているだろう。同調者は自分が精神体を宿す人間だとは知らぬ。我のことは伝えるなよ』」


「待ってよ、アヴェリム! なんでアタシが名前を聞いた時、本当の名前を名乗らなかったの?」


 アヴェリムを宿した男は、共犯者の声に顔を上げる。


「なんでセプティムって名乗ったのか、最後に教えてよ……!」


「『王家への反逆を企てる君にとって、かつて国家転覆を狙ったセプティムの名は効果があると考えた。アイツの国家転覆を食い止めた我の名は相応しくないだろう』」


「確かにスラム育ちのアタシでも、セプティムの伝説は知ってたけど……っ! アンタが協力してくれたのは本当だったんだし、せめて本当の名前で呼びたかったよ!」


「『我は君に重傷を負わせたのにか?』」


「アタシは星玉の主の殺害を躊躇った。だから、本気でスラムを改善しようとしてくれたアンタはアタシを見限るしかなかったんでしょ……?」


 王家の権威を象徴する星玉の主を殺さないことには、国家転覆もその先に目指すスラムの救済も叶わない。そう認識したアヴェリムは、陽鞠を殺してでも陽鞠の当初の願いを叶える道を選んだ。

 アヴェリムは自分が司る機能が守られる環境を、実現するために機械的に行動していた。

 やっぱり理解できる思考ではなかったけれど、陽鞠の願いを彼なりに噛み砕いて行動していたのかもしれない。


「『自分の機能が守られる環境を作ることが、最優先だからな。セプティムに阻止されるとは、まるであの頃の復讐だ』」


「俺だって王家に良いように使われただけで、こうなったのも俺を封印したお前の……っ」


 俺は慌てて口元を押さえる。

 危ない、セプティムの意識が表層に出て来てしまった。


「『あれは平穏な生活を営む国民を、八つ当たりで虐殺しようとした君が悪い。反省しろ』」


「はあ⁉ 今のお前は他人(ひと)のこと言えないからな⁉ 我の同調者殺そうとしやがって!」


 まだ感覚が掴めず、セプティムの意思を引き留められない俺をソリスが複雑そうに眺める。


「精神体同士は相容れないって、本当なんだね」


「『我を封印した輩と相容れるはずがなかろう!』……っ止まれってセプティム!」


 自分の口を両手で塞いで、強制的に自分の意思で主導権を上書きする。器の本来の持ち主だからか、主導権は俺の方が取りやすいようだ。

 簡単に乗っ取られても困るので、俺が主導権を取り返しやすくて助かった。


「『セプティムは変わらずだな……。もうじき我の意識は消える、次に浮上するのはいつになるか分からぬ。最後に一つだけ言わせろ』」


 アヴェリムの周りで、紫色の光がバチバチと激しく瞬く。


「『王家を痛い目に遭わせられなくて悪かったな、ヒマリ』」


 脳に焼け付くように残った言葉を最後に、アヴェリムはゆっくりと目を閉じた。

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