第3章1節 二度目の邂逅
休み時間の始まりを告げる鐘が鳴り、大人しく席に着いていた生徒達がざわめき出す。
人の出入りが少ない星逢町は学校数も少なく、町内に住む同年代は大体把握できる規模だ。余所者に厳しいこの町では、新しく来た住人は実害なしと判断されるまで数年の期間を要する。
だというのに、銀髪碧眼という特殊な容姿を供えた彼女は何の違和感もなく数人の女子に囲まれていた。極め付きは額の辺りから伸びるスーパーボールのような玉が先端に付いた触覚。そこに目をやる生徒はおらず、和気藹々と女子同士の会話が教室に響き渡る。
「駅前に新しくできたカラオケ、ソリスちゃんにも来てほしいんだけどなぁ。今日は厳しい?」
「今日……、今日は一回家に帰ってからなら行ける」
「良かった! じゃあ、駅前で集合ね! ソリスちゃんがどういう歌入れるのか楽しみー!」
スマホを開いて予定を打ち込む友人を横目に、陽鞠は小首を傾げる。
「ソーちゃん、歌とか聞くの?」
「こっちに来る前に少しは勉強したから」
「まぁ、分からなかったら適当に雰囲気だけ楽しんでくれれば良いし~」
陽鞠は軽い調子で返し、最近のブームの話へと話題を変える。
ソリスの素性が知れると厄介なのは分かっているだろうし、陽鞠がいるなら任せて良いだろう。
――アヴェリムが発端となった騒動の終結から一ヶ月。
惑星プラメルに帰還したソリスは、こうして再び地球の学校に通っている。
ソリスがいなかった空白の時間などなかったかのように、彼女の存在は以前と同じように定着していた。ソリスが話の輪に入っていけなくても、それを誰も気に留めずに会話は続いていく。気付いているのはクラスでは陽鞠と俺だけだろう。
その日の帰り、俺は彼女に護衛してもらっていた頃のように二人で帰路に着く。
「なぁ、ソリス。なんで地球に戻って来たんだ?」
地球に戻って来た理由を彼女の口から聞けていない。
もう地球に来る理由はないようなことを言っていたのに、地球に戻ってきて学校にも復学しているとなれば疑問くらい湧く。
「なんでって別に、時間ができたから戻っただけ。地球で過ごすのも悪くないなーって」
「本当にそれだけか? 仮にも王女様がバカンスで、ねぇ」
先を歩いていた銀髪の少女は、頬を膨らませる。
「王女でも空き時間くらいあるの! 分かったらこの話はおしまい!」
わざとらしい話の切り上げ方だ。だが、彼女の強情さはよく知っている。こうなったら何を聞いても話してくれない。
「これだけは聞かせてほしいんだが。俺の護衛じゃないんだよな?」
「それは、ね。タカヒロは星玉の主として正式にセプティ様に認められたんだし、もう護衛は必要ないもん」
ソリスが惑星プラメルに戻って以来、セプティムは顕現していない。同調した時にしか出現しないとのことだったし、あの超常存在が表に出てくるほどの事態には至らずに済んでいる。
「で、タカヒロはなんでついて来るの?」
「荷解きするなら手伝おうと思ってな。前回の反省を活かして、お前の大荷物も十分以内に開封しきってみせるのだぞ」
「大荷物じゃないし! わたしが学校行ってる間に、粗方やっておくようにオキュラスに言っておいたからタカヒロの出る幕ないし!」
「じゃ、オキュラスさんに挨拶させてくれ。久しぶりに顔が見たい」
前に地球に来てもらった時も、何度も世話になった人だ。ソリスが来ているからには転移を行ったオキュラスが同伴しているだろうと予想はしていたが案の定である。
惑星プラメルと地球の一点、この星逢町を自在に行き来する能力。それを惑星プラメルの人々は転移と呼ぶ。転移を行うことができるのは精神体を宿す人間のみだ。しかも宿した精神体が肉体に馴染んでからでないと使えないようで、同じく器である俺にはまだ扱えない。
以前拠点にしていた廃墟を今回も使ったようだ。ソリスが故郷に戻ってからも何度か足を運んだ廃墟に、新たに持ち込まれた段ボールのようなものが散らばっている。床一面に広がったパーツを踏まないように気を付けながら、奥へと進んでいく。
見るからに荷解き途中の室内に上がれば、金髪のメイドさんが部屋の隅に溜まっていたホコリを掃いているところだった。ホウキを掃く手を止め、左右で色の違う瞳がこちらを捉える。
「タカヒロ様、お久しぶりです。お変わりないようで」
「オキュラスさんも変わらないですね。こっちでは数週間会ってなかっただけですけど、惑星プラメルではもっと長い時間が経ってたんですよね、多分」
「数週間というのが、どの程度の期間に相当するのか分からないですが……。お会いするのはかなり久しぶりだったと記憶しています」
時間の流れも測り方も違うものを、
「このくらい違う」
とは表現できない。オキュラスとソリスが地球にいなかった事実を認識しているのが俺と陽鞠、アヴェリムだけである以上、主観的にしか計測できないのだ。
「なんで地球に戻ってきたんですか? 拠点に色々と持ち込んで、ちょっと顔出しに来たって雰囲気じゃないですよね」
オキュラスはちらっと王女の方を見やる。ソリスは苦虫を噛み潰したような顔で首を横に振った。
「すみません、王女殿下の許可が出ませんので……」
「ソリス、さっきも教えてくれなかったんですよね」
「王女殿下が何も言いたがらないのは、当然のことかもしれません。タカヒロ様を巻き込みたくないという配慮もあるのでしょう」
ワインレッドとディープブルーの瞳に捉えられて、銀髪の王女はそっぽを向く。
「こっちの問題に巻き込むのは違うってだけ。巻き込みたくないとかじゃない」
「ええ、理解しております」
「本当に分かってる? やむを得ない事情があって来たけど、自力で何とかできるうちは話すまでも無いってだけだから!」
オキュラスは肩をすくめ、掃き掃除に戻っていった。
時間ができたからフラッと戻ったような言い草だったが、やむを得ない事情があったという言葉は初めて引き出せた。やはり惑星プラメルに関する事情か。
「あの、お手洗いはどっちですか」
「お手洗いでしたら廊下の突き当りを曲がったところで……、少々分かりにくいと思いますので、ご案内いたします」
廊下に出たオキュラスについて行き、ヒビの入った通路を進んでいく。元は白かったであろう廊下はくすんだ灰色の斑模様を描いている。
「オキュラスさん、一つ聞かせてほしいんですけど」
王女に口止めされれば、その従者である彼女は絶対に従う。引き放しても、許可が下りなかったことは決して口を割らない。
「ソリスが地球に来た理由って、星逢町の存亡が懸かるような一大事だったりしますか」
色の異なる双眸は何を考えているか分からない。
精神体は宿る対象に条件がある。条件が判明しているものもあれば、セプティムやアヴェリムのように惑星プラメル側でも条件を把握できていないものもある。中でも創造主クレアトルを宿す器の条件は、知性も自我も持たない存在と決まっていた。
生まれてすぐに創造主を宿し、情緒の発達を妨げられてきた彼女の機微は薄い。
「すみません、存亡とまでは行かないですよね。ソリスが話さないなら、俺は何も聞かないことにします」
「……場合によっては存亡が懸かってくるかもしれません」
最も警戒していた一言に、背筋がひやりとした。
「そうならないように対処するのが、殿下と私の役目です。タカヒロ様は何も気にせず、普段通りの生活をされていてください」
すぐ近くで町の存亡が懸かった何かが起きていると知りながら、普段通りの生活を送れる気はしない。ソリスから何も聞き出せないなら、大人しくしているしかないのだが。
「聞いたところで俺が介入する余地があるか分からないし、今まで通り過ごします」
「そうしていただけると幸いです」
行燈の灯りがなければ真っ暗になってしまう黒一面の空に、白い星が点在している。双眼鏡でよく見てみれば、星一つ一つの色の違いが判別できる様相だ。西北の空には一際強く光る黄色がかった星と白い星が並んでいる。時期的にも方角からしても双子座だろう。
縁側で大の字になり、双眼鏡で天体を観測する。
夜の静謐な空気に包まれて天体観測をするこの時間は、今でも一等お気に入りの過ごし方だ。
「爺さんに聞きたいんだけどさ。惑星プラメルから精神体が来てたら気付ける?」
望遠鏡のスコープに視線を固定したまま、作務衣姿の老人はレンズの角度を調整する。
「気付けぬだろうな。精神体を宿す者同士であれば、すれ違い様に気付くこともあろう。器となった者であっても直接的な接触は必須だ。地球に飛来した、この町に来た程度では気付けぬ」
「大賢者様でもそこは分からないんだな」
レンズを調整していた爺さんは、鷹のような目を初めてこちらに向けた。
「能力的に不可能なことはある。それに、大賢者という肩書きは過去のものだ。アテにできるものではない」
「プラメル(あっち)で爺さんがどんな風に扱われてたか知らないけどさ。ソリスとオキュラスさんが尊敬してる人だし、俺に分からないこともきっと沢山知ってるんだろうなーって」
「出身は彼方の惑星だからな。少年よりあの惑星について知っているのは道理だ」
それはさすがに謙遜だとしても、爺さんは惑星プラメルの一般的な住民以上の知性を持ち合わせているのだろう。惑星プラメルの王族関係者二人は大賢者ダーレスに畏敬の念を向けていた。歴史上の偉人と言っても過言ではない、伝説の大賢者。正体を知ったのだから、今後は多少アテにしても良いとは思っている。これまでも怪我だらけで屋敷に上がり込んだり、無茶な頼り方をして来たんだし。
「気付いてるか分からないけど、ソリスとオキュラスさんがこっちに戻って来てるんだよ。でも、戻って来た理由は話してくれなくてさ」
聞いて俺にできることがあるかはともかく、セプティムを宿してしまった以上は一蓮托生ではないかと思うのだ。
「場合によっては町の存亡が懸かってくるとまで言われたのに、普段通りに生活するようにとしか言われてないし。そう言われると気になるじゃん」
「奴らが少年に伝えないのは、それが一番だと判断したからだろう。奴らが公開する気のない情報ならば気にするな」
「身近で何か起きてるって知りながら、気にするなって言われてもな……」
知りようがないのだから、問題なんて起きていないものとして扱えばいい。言葉にすれば簡単だが、そう単純には行かないものだ。
「ソリスには何となく聞きづらかったんだけどさ。星玉の主はそもそも何をする役職なんだ?」
「何をするというのは適切ではないだろうな。星玉に選ばれた人間がその座に就く。星玉に宿ったソレを制御するのが最大の役目だ。星玉の主は名誉ある地位ではあるが、何をするかより『星玉の主がいる』事実が重要なのだからな」
星玉は王家の権威を象徴するものであるという話――。
星玉の主という立場が大切なのであって、実際に何をするかは問題ではない。これまで聞いていた話と繋がるものはある。
「第一、星玉の主の存在は王家が秘匿している。星玉の主という名称が知られているだけで、主が表に出ることはないのだ。世代交代したという情報は公表されても、どんな人物が任命されたか国民が知ることはない」
「惑星プラメルの役職ってそんなガバガバなんだ……」
「星玉の主は基本的に話が通じない。意思疎通が取れない。国の高位の立場に在る者がそんな存在だと国民に知られるのを避けるべく、歴代の王族はその詳細を秘匿してきた。星玉に宿る存在が何なのか、王族の娘は知らなかっただろう」
国家反逆を諮った厄災と名高い精神体セプティム。星玉に宿っているのがそれだと知っていれば、アヴェリムがその名を騙っても偽物だとすぐに気付けた。
「意思疎通が取れない、か……」
「星玉に宿る精神体の正体、加えてセプの権限の詳細が歴史上知られて来なかったのはそれが原因だ。精神体については分かっていないことも多く、それがセプだと判別できなかったのも無理はないだろうな」
「爺さんはセプティムの権限にも気付いてそうだったし、星玉に宿る精神体が何か分かってたんじゃねえの?」
宵闇の中でも鋭い光をまとう白銀の髪が、ゆるゆると横に振りかぶられる。
「人よりあの馬鹿弟子と関わる機会が多かったために、下手な仮説が出来上がっただけだ。明確な根拠のない話を王族の耳に入れるわけにはいかぬだろう」
以前、オキュラスも根拠のない憶測をソリスに伝えることを恐れていた。プラメルの王族に物申すというのは、それだけハードルの高い行為らしい。
「それに、現国王は星玉が何であるか知っているだろうな。知あの王族の娘が真実を知らぬのは王位継承者ではないからだ。王族に真実を知る者が一人もいなかったとは思えぬ。次に王位を継いだ者には通達されるだろう」
爺さんは望遠鏡から目を離し、夜空を見上げる。
「あの娘の王位継承権はそう高くないようだが」
「え、ソリスの? そうなのか」
「第一王女ならばあのように前線に出向き、直々に地球まで来ることもなかろう」
縁側に置かれた天体図鑑をぱらぱらとめくる。
第二王女と聞いてはいたが、やはり逼迫した状況だからといって地球に王女殿下が直々に出向いたことへの違和感は拭えない。
星玉の主が地球に誕生してしまった事実に関しては、王族の権威に関わることであり、ソリスが直々に護衛を担当していた理由も多少納得できた。
今回もそれに匹敵する事態が起きているのだろうか。そう何度も王女殿下が直々に出向いて良いのか、と事情を知らない俺は思ってしまうのだが。
「王国には近衛軍もいるって聞いてたんだけどな。近衛軍の兵士を地球に遣わすんじゃ駄目だったのかね」
「星玉は王家の威光を象徴するものであって、それを手放したと近衛軍に通達したくはないだろうな。王族と近衛軍は権威を二極化している。それは近衛軍に弱みを見せるようなものだ。少年が地球人でありながら重役である星玉の主の座に就いたと知れば、近衛軍はそれこそ謀反を起こしかねん」
天体観測のついでに淡泊に告げられた言葉に、背筋がすーっと温度を失った。
「近衛軍って王族を守る立場じゃないのかよ⁉ 星玉の主に任命されたのが地球人でした、ってなったら謀反起こすような立場か⁉」
「プラメルの三権分立については王族の娘に聞いていないのか?」
呆れたように鋭い眼光が細められる。社会のお勉強のような単語だ。前回の滞在時は精神体について聞くのに必死で、あまりプラメルの事情は聞けていない。
「プラメルの王国の基盤となるのは三つの権力だ。王族、近衛軍、そして大法廷。王族は諸侯や有識者を携えて、新たな法律の制定や各地の問題の対処に当たる。近衛軍は国の治安維持を図る立場であり、国を統治するために必要ならば王族と対立することも許される立場だ」
「近衛軍の権限強いな……」
「国家を支える戦力であり、時として王家の上に来るものだ。近頃は特に近衛軍の権限が上昇している。当代の将軍の実力が効いているのだろうな」
王族が恐れているのは反乱分子だけだと思っていたが、拮抗する勢力が国内にいる――。それも惑星プラメルを守るという共通の目的を持った相手。
国家なのだから当たり前のように勢力争いくらいある。聞かない限り何も分からないと、無意識のうちに考えることを先送りにしている節はあった。
「だからこそ、星玉が重要なのだ。王家の権威を象徴する星玉が王族の手元から離れれば、王家の地位は失墜する。国の統治権を近衛軍に取って代わられる。大法廷はそれを止めることはしないだろう」
「そんな大事な物を他の惑星にブン投げたのかよ……」
「それだけ反乱分子の勢力に追い込まれていたのだ。星玉が地球に渡った前例もある。となれば国内に留めておくより、地球に逃がす方がまだ打つ手はある」
「地球には大賢者様もいることだし?」
鷹のような目がキッとこちらを睨む。
「星玉が地球に飛来したという報せは受けていた。だが、儂にできることは疾うに無い。それは当代の王も把握していただろうに」
「爺さんは俺が星玉の主に選ばれたことは、知らなかったんだよな?」
「お前さんが星玉を拾っていたことも知らなかった。言っただろう、精神体を宿す者同士でなければ存在に気付くことはない。だが、お前さんはセプを宿す適性があった。素性も性格も、セプの実力を最大限に引き出す土壌は揃っていた」
星玉を受け継ぐ王家の人間も、セプティムの実態は把握していなかった。その本性を把握しているのは、かつて師として傍にいた経験によるものか。
「星玉の主の役割を詳しく知りたければ、儂のような老骨に聞くよりあの王族の娘に聞いた方がよかろう。儂より余程、星玉の事情に明るいぞ」
「それはそうだけどさ。俺は暫定的にこの座に選ばれただけの部外者じゃん。ソリスもあんまりプラメルの事情知ってほしくなさそうだし」
今回は地球に来た事情も伏せられている。そこは深く突っ込まないから星玉の主について教えてほしい、というのが通用するかどうか。
「文明水準の劣る惑星に、自国の技術や現状を伝えるのは禁忌だ。同時に、器となった人間には伝える義務がある。地球人であるお前さんに真実を伝えることに抵抗はあるだろう」
「星玉の主って名前は背負ってるのに、何も知らされずに過ごすのは立つ瀬がないっていうか」
「聞くことがあれば、あの王族の娘にぶつけるんだな」
爺さんは興味を失ったように、天体観測に戻っていった。




