第2章11節 星玉を取り込む
オキュラスに付き添われ、向坂陽鞠は翌日の学校に現れた。
セプティムに見放された今、故郷の惑星に戻るに戻れない彼女は地球での生活を続けるしかない。ソリスが戸籍を偽って潜入したように、陽鞠もセプティムの力で工面してもらっていたのだろう。
教室に入って来た陽鞠は、これまでと変わらずクラスメイトに手を振っていた。
いつもと違う点を挙げるなら、友人達と話した後に、一直線に俺の席へ来たことだ。
「宇田川、少しいい?」
声をかけられると思っていなかった俺は、イスに座ったまま硬直する。
「ほら、廊下来て。大事な話だから」
「あ、ああ……」
陽鞠に向けられる視線は冷たい。誰もが無言のうちに、非難がましい目を彼女に向けていた。
廊下の端に俺の手を引いて行った陽鞠は、胸の前で両手をもじもじさせる。
「あの、さ。プラメルでは失礼なこと言って、ごめんね」
「いや、俺も酷いこと言った、し」
人目のある場所で話すというだけで緊張する。いつもと雰囲気の違う陽鞠と話すのも、調子が狂って仕方なかった。
「身体はもう大丈夫、なのか。セプティムの腕、貫通してたけど」
「うん、プラメルの技術ですっかり元通り~。まだ痛むけど、すぐに良くなるって」
気丈そうに笑って見せた少女は、自分の腕を押さえる。
「セプティム様はきっと宇田川を狙って、また地球に来るよね。そうなったら今度は、アタシもセプティム様と戦う」
「え……いいのか? 自分が信仰する神を相手に、戦うようなものじゃないのか」
「アタシは完全に見限られたんだし、ちゃんと戦って決別しないとね」
まだ傷は癒えていないようだったが、彼女なりにけじめを付けて前を向いているようだった。
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その日の夜はオキュラスに護衛してもらってシダ爺の屋敷に向かった。しばらく行っていなかったが、数年通い詰めたあの場所は落ち着く。
望遠鏡から目を離したシダ爺は、緑茶の湯吞を持ち上げた。
「今日は星が見やすいぞ」
「昼間からずっと晴れてたもんな。肉眼でも星が見えて綺麗だな!」
俺が縁側に腰を下ろせば、シダ爺は渋い緑茶を飲み干して星空を見上げる。
「怪我でもしたのか」
「え、なんで分かるんだ」
目に見える傷は治ったが、まだ地味な痛みが残っている。腹が引き攣るような痛みはあるとはいえ、傍目には分からないはずだ。
「七年の付き合いになれば、普段と違うところくらい分かる。怪我をした場所を押さえようとして、気付かれたくなくて止めるクセがあるだろう」
無意識のうちに腹部に向けていた手を、俺は空中でぴたりと止める。
「……初めて会った時は、その辺の草と同じくらいの背丈だったのにな」
「俺ってそんなに小さかったんだ……」
望遠鏡を勝手に覗き見て、一際明るい星に焦点を合わせる。春の大三角形を作るしし座の恒星、デネボラだ。
「若い頃に教師の真似事をしていたことがあってな。お前さんはその時に一番手を焼いた弟子に似ていた」
「え、教師――?」
思えばシダ爺自身の話を聞くのは、これが初めてだった。七年も一緒にいて、この老人が過去に何をしていたかの一つも知らない。
「手の付けようのない暴れ馬で、人の話を聞かん馬鹿弟子だった。そんな弟子にも一人、友人ができてな。お前さんから友人ができたと聞いた時、あの弟子に似ていると感じたのは間違っていなかったと思った」
「どちらかと言えば、お弟子さんの方が睦月に似てるような気がするぜ?」
「友人ができて真っ当な道を歩み始めた矢先、アイツは友人を失った」
え、と思わず声が漏れた。
「亡くなったのか……?」
「暴れ回っていた頃のアイツに恨みを持つ人間が、アイツの唯一の友人を焼き殺した」
いつの時代の話だと思ったが、話の腰を折るのが忍びなくてやめた。
「そこからは元通りだ。というより、以前にも増して他人に理解を示さなくなった。形ばかりの理解や共感を嫌って、孤立してばかりの弟子だったからな」
唯一の友人を失う痛みは、想像できてしまった。
今では町の外から来たソリスや陽鞠の理解を得て、カタナシである自分を受け入れてくれる人が他にも現れたが――自分にも友人と言えるような相手は一人しかいない。
たった一人、友人と言える相手を失うことになったら。
それは、想像を絶する痛みだろう。
「この町で育って来た少年には悪いが、この町は居心地が悪い。それでも儂は天体観測を続けるのと同じで、この町でなければいけない理由があったから留まっていた」
白髪の老人は額に深いシワを刻む。
「町の人間とは話も合わんから、極力関わらんことにしていた。関わりを持たないと決めたなら、あの日、お前さんを屋敷に上げるべきではなかったのだろうな」
シダ爺の住む屋敷には近付いてはいけないと、大人達は口々に噂していた。
自分が生まれる前から、ずっと彼はこの場所に住んでいたのだろうと漠然と思っていた。いつからなのかは分からないが、星逢町の住人は天体観測という町の禁忌に触れた行為を行うこの老人を嫌煙している。片親の不明な子供を忌み嫌うのと同じように。
爺さんがこの町の常識に異を唱えることは、これまでにもあった。
だから、外の人なのではないかと思う機会はあったのだ。ただ、彼が自分のことを何も話さないから、聞いて来なかっただけで。
「シダ爺はこの町の人間じゃないのか?」
「なぜ、そんなことを聞く」
「この町の人達は町の風習も常識も当たり前みたいに受け入れるから、居心地が悪いとか言わないんだよ。それに、何があっても天体観測なんてしない」
紺色の空に輝く星の中に、惑星プラメルはあるのだろうか。つい探してみたくなるが、地球人以上の技術力を持った宇宙人が住む惑星は、地球からは観測できないのかもしれない。
「生まれた時から、この町で過ごして来た俺が言うんだから間違いない」
「……それもそうだな。だが、この町で過ごした歳月はお前さんよりもずっと長い」
鷹のような鋭い目が、ほんの少しだけ緩められた気がした。
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ソリスは事情を知った上で受け入れてくれたが、人目のある場所で話せばソリスが背負う面倒事が増える。今日の帰りも俺の一存で、昇降口に集まって話をすることになった。
俺とソリスだけなら廃墟のような拠点で話せば良かったのだが、今回は陽鞠を交えて話すことになっている。
生徒の多くが帰った時間帯を見計らい、昇降口の隅に三人集まった。
「セプティム様は人間の器を使ってるんだよね? セプティム様が宿った宝石をスラムで拾ったって言ってたけど、その宝石から今の憑代に移したの?」
ソリスの疑問に、蜂蜜色の目をした彼女は頷く。
「うん、今の憑代にセプティム様の意志を乗り移らせたのはアタシ。身体の一部に精神体の宿った石を入れるんだよ~」
「でも、同調できる相手じゃないと精神体も宿れないんだろ? セプティムってヤツに適合する憑代、こっちで見つかったんだな」
「同調者が見つかったのは偶然だったんだ。この町に着いてすぐ、見慣れない顔だからって目付けてきた人がいてさ」
ソリスは眉根を寄せて腕を組む。
「この町の人って、なんで探りを入れたがるんだろうね」
「ムラ文化ってそういうものなのだぞ」
「アタシは王家が使うような認識阻害電波も使ってなかったし、仕方ないとはいえ――不審がられたら厄介だなと思ってたら、その人に適性があるってセプティム様が言ったんだよ」
セプティムは元来の性格として、同調できる相手が少ないと聞いていたのだが。
地球に来てすぐ、適性を持つ相手が見つかったのか。
「だから、その人の身体にセプティム様が宿った石を入れて憑代にした。その人に目を付けられたままだと、目的にも支障をきたすし」
彼女の言う目的とは、星玉の主を探し出すことだろう。
「俺も星玉を取り込んだら、同調できるん……だよな?」
「プラメルで同調進んでたし、できると思うよ。でも、どうやって星玉を取り込むの? 身体の一部が欠損してれば、星玉を代わりに入れることもできるけど」
「え、臓器の代わりに入れるとか……?」
「うん、片目がなくなったから代わりに星玉を嵌めるとかね」
同意されて胃がきゅっと萎縮する。
「……そうしないと俺、同調が進んでも死ぬだけなのか?」
「星玉を取り込まずに同調が進んだら、タカヒロの身体が耐え切れずに衰弱死することになるよ。星玉を取り込むことが憑代になる条件だから。条件を満たせなかったら死ぬ」
死という言葉を出したのが自分だが、死を身近に感じたことのない俺は肝が冷えた。
「責任重大……というか、そのために身体の一部は失わないといけない、のか」
「でもさ~、宇田川が同調した精神体が『誰』か分からないんだよね~? 王家に代々伝わる国宝なのに、星玉に宿る精神体が何なのか、王家の人間も知らないわけ?」
俺がちらりと目をやると、王女様は元反乱分子の少女と顔を見合わせた。
「誰なんだろう、私も知らない」
「そうだよね~……。当時の王家が何を封じたのかなんて、昔過ぎて分からないか~」
昇降口から見える空が、赤味がかってきた。話を詰めているうちに、意外と時間が経っていたようだ。
「そろそろ帰るか。陽鞠は一人で暮らしてるのか? というか、家ってどうしてるんだ」
「セプティム様が工面してくれてたけど、来月から家賃がどうなってるか分からないよね~」
言葉を失った俺とソリスに、陽鞠はあっけらかんと笑う。
「どうせ星玉の主を殺して、王族を追い込むために地球に来ただけだから。事が済んだら退去するよ」
「惑星プラメルに戻っても、お前は……」
彼女の出身地であるスラムの現状は分からない。だが、退去したら王族を恨む原因となった土地に逆戻りだ。
「地球に残っても仕方ないし、宇宙人が極秘で地球に滞在するのは良くないでしょ? 元はと言えば、アタシがセプティム様の指示に従って動いたのが原因でこうなったんだし」
「でも、ヒマリが行動を起こしたのだって王族の責任だし……」
陽鞠は胸の前でパチンと両手を合わせる。
「まずはセプティム様を倒すことだけ考えよ。後のことは終わってから考える。相手は偉大なる精神体なんだし、生きて勝てるとも限らないからね」
地球の人間ではない彼女が、滞在を続ける理由はない。
オキュラスが転移を行って陽鞠をプラメルに送り返したとして、その後はこれまで通り、王族に恨みを持つほどの環境で生活を送るのだろう。
それで良いのか――なんて、プラメルの事情を又聞きでしか知らない地球育ちの俺に言えたことではないけれど。
「ほら、もう遅いし帰ろ~! 宇田川の親も、あんまり帰りが遅いと心配するでしょ?」
「……そうだな」
俺といる姿を町民に見られたくないかと思ったが、陽鞠は意外にも校門を出るまで俺やソリスと一緒にいてくれた。
本人曰く、もう祖国に戻るのだから町の住人の目を気にしても仕方ないとのことだ。
「じゃあな、陽鞠。その、また明日」
「うん、また明日ね~!」
陽鞠と分かれて歩き出そうとした時。
目の前が黒一色で覆われ、俺は咄嗟に顔を上げた。
「『まだ生きていたのか、星玉の主よ。しぶとい男だ』」
機械を通したように音割れした声が、頭上から降って来る。
俺の眼前に広がっていたのは、精神体を宿す男のローブだった。




