第2章6節 偉大なる精神体が一柱
群がる化け物達の合間から姿を現す、黒いローブを目深に被った人影。
酷く音割れした声は、音質の悪いイヤホンを通して聞こえてくるようで。声帯から発されたとは思えない奇妙な声色をしていた。
俺の前に進み出た少女は、見たこともないくらい青ざめている。
「何者なんだよ、お前……」
「『本来そのような口を利ける相手ではないが、まぁいい。今をもって我を敬い、平伏せよ』」
化け物達を率いる男は両腕を広げ、大仰な演説を披露した。
世迷言だと一蹴したいところだが、この人物が人智の及ばない存在だと嫌でも分かってしまう。かつて村の人々が関わりを避け、関心を示すこと自体を禁忌と定めた『何か』。
きっと彼は、その『何か』に程近い存在なのだと。
「『我は偉大なる精神体が一柱、セプティム! 惑星プラメルを滅ぼす者である!』」
精緻な紋様の記された黒いローブを着込んだその人は、肩幅や体型からして男性のようだ。精神体には性別がないというオキュラスの言葉を借りれば、現在は男性を憑代にしているだけで『彼』というのは変かもしれないが。
「セプティム様、貴方が人工生命体にタカヒロを――星玉の主を襲わせていたの?」
「『そうだ。王族の権威を象徴する存在は不要である』」
「どうして、反乱分子に手を貸したりなんて……」
信じられないとでも言いたげに、ソリスは胸を押さえる。
聞いた話では国家転覆を企てた経歴もあるようだし、この精神体ならやりかねないのかと思ったが。これまで反乱分子の背後に精神体が付く事態が起こっていなかった以上、特異な状況なのかもしれない。
「『此度の反乱分子は我が手を貸すに相応しいと思ったのでな。この機に乗じて、あの王国は一度リセットしておきたいのだ。王族の君にも消えてもらう頃合いだろう』」
ローブの男――『セプティム』が片手を挙げると、化け物達が一斉に飛び掛かってきた。
ソリスは背後に俺を庇いながら、化け物達を蹴散らす。護衛対象を守りながら、それも全方位に警戒を配りながらの戦闘だ。いくら彼女が強いといっても負担は大きい。
化け物二体程度は平然と薙ぎ払っていた彼女も、今回ばかりは余裕のない表情をしていた。
「『ほう、星玉の主として覚醒前なのだな。覚醒していれば、この程度で怯えずに済むものを』」
「オキュラスさんも言ってたけどっ、覚醒って何なんだよ……!」
「『我のように憑代と同調し、その身に宿した精神体の全力を引き出すことだ。星玉に選ばれていながら、そんな基礎も教わっていないとは……同情に値するぞ、星玉の主』」
男はローブの下から何か取り出し、化け物の相手で手一杯なソリスに向ける。
男の手中で日差しを反射するそれは、鈍い銀色のダガーナイフだった。
「ッ、ソリス!」
疲弊の色を隠し切れなくなってきた彼女を突き飛ばし、俺は地面に倒れ込んだ。
「タカヒロ、血が……」
男がダガーを投擲するのを目視した直後、身体が動いていた。脇腹に深々と突き刺さった刃が、行動の結果を物語っている。
「このくらい何でもない」
「いいわけないじゃない、キミは星玉の主なんだから!」
傷口を押さえながら刃を引き抜く。尖端から赤黒い血が垂れ、灰色の道路に染みを作った。
こうしている間にも迫り来る化け物を、ソリスは次々と蹴り飛ばしている。終わりの見えない敵襲に、ソリスは息を切らしていた。
ソリスが腹を踏み抜き、破壊した化け物に続こうとした別の個体が胸部からタール状の液体を撒き散らして倒れる。
倒れ伏した化け物の背後から、素手で相手の胸部を穿ったメイド姿の女性が顔を出した。
「オキュラス! 助けに来てくれたの?」
「我が子の気配を感じたものですから」
高みの見物を決め込んだローブの男を、オキュラスは睨むように見上げる。
「何方か存じ上げませんが、貴方が我が子の誰かだというのは分かります」
「『こんな辺境までご苦労なことだな、お父様の末端。王女の付き添いか?』」
迫る異形を蹴飛ばし、オキュラスはブーツの踵で次々と留めを刺していく。ソリスとオキュラスの二人掛かりになっても、数で圧倒的に勝っている化け物の猛攻は止まらない。
倒される寸前に暴れた異形の鍵爪が、オキュラスの腕を引き裂いた。
ぱっくりと割れた袖から、黒く濡れた傷口が露出する。
引き裂かれた白い肌から垂れる液体は、血のような赤ではなくタール状の黒いもので。怪我を負っても彼女は一切表情を変えず、化け物を蹴飛ばした。
「私は王国の繁栄に貢献するようにと造られたのです。王家と敵対するのであれば、貴方を見逃すことはできない」
セプティムは背中を折り曲げ、腹を抱える。
「『っく、ははははは! お父様の権能を宿した身では、我が子を傷付けることなど叶わんだろうに! やはりお父様の権能を、矮小な人の身で請け負うのは無理があるようだな!』」
ひとしきり笑った彼は、心底愉快そうに口角を上げる。
「『あぁ、失敬。君は人間ですらないんだった』」
二人の声がくぐもって聞こえる。水中にいるみたいに周囲の音が遠のいて、視界が歪む。
「タカヒロ? オキュラスっ、タカヒロの様子がおかしい!」
オキュラスは俺が握ったダガーを一瞥して息を吞む。
「刃に毒が塗られていたのでしょう。症状も不明です、早く処置しなければ」
オキュラスは俺とソリスの肩に触れる。
「私に掴まってください。場所を変えます」
その言葉も聞き取れなくなる寸前で、視界は端から黒く塗り潰されて視野狭窄が起きていた。視覚と聴覚を遮断され、疑問を口にしようとして舌が痺れていることに気付く。オキュラスが焦りを見せたように、今の症状はかなりマズいものなのかもしれない。
金髪の彼女は祈るように両手を重ね合わせる。
「我らが星の創造主、我らが父なるクレアトル、ここに星雲より来たれ」
セプティムと名乗った彼が、ローブの下で息を詰まらせる。
一際強い風が巻き上がり、頬を打ち付ける感覚を最後に俺の意識は途絶えた。




