第2章2節 ガングリオとメイド服
同じクラスで過ごすうちに気付いたことがある。
ほどほどに仲が良く、休み時間には和気藹々(わきあいあい)とした空気が流れる教室。その中でタカヒロはクラスメイトの大半から、存在しないものとして扱われている。
彼の座席まで行って話をするのは、久我睦月という男子生徒一人。
灰色がかった茶髪に包帯を巻いた腕、タカヒロ以外の人とはあまり話さない大人しい生徒だ。寡黙で目立たない生徒ながら、特徴を上げるとすればよく転ぶことである。
事前に気付けばタカヒロが止めるが、それはもう頻繁に転ぶ。何もないところで突然転ぶ。そして平然と立ち上がり、何事もなかったかのように歩き出す。
あの宇宙大好き変人と唯一交流があるのだから、この足元が覚束ない青年にも彼と友人でいる理由が何かあるのだろうが――傍目にはさっぱり分からない。
「クラスでタカヒロに話しかけるのって、よく転ぶあの人くらいだよね」
「睦月? あー、そうだな。アイツは他人の趣味とかどうでもいいタイプだし」
「同じ宇宙好きではないんだ?」
「興味ないだろうなぁ、勧めた時の反応はイマイチだった」
護衛として彼を家まで送るついでに、何気ない質問をぶつける。彼が惑星プラメルや自分について尋ねてくるように、ソリスから見た宇田川隆宏という人間も未知の存在なのだ。こちらから質問しない限り、自分のこともほとんど話そうとしない。
「タカヒロは学校楽しい?」
「え、楽しくないけど。ってか、楽しむために行ってないぜ」
適当に誤魔化されるかと思ったが、楽しくないと明確に返してくれた。
曖昧に茶化して言葉を濁すことが多々ある反面、率直に返ってくることもあるから宇田川隆宏という人間が読めなくなる。
「惑星プラメルにも学校みたいな教育機関はあるのか?」
「あるよ、民間人が通える教育機関。通いたくても通えない貧困層もいるらしいけど」
「どこの世界にも、経済状況の差はあるだろうけどさ……。らしいって程度の認識なのか」
「わたしは王都からほとんど出たことないし、郊外のスラムのことまでは知らない」
話しながら歩いていた道の先に、それは平然と現れた。
黒い外皮に覆われた生命体。鍵爪を携えたそれは、俺に狙いを定めて突っ込んで来る。今回は最初から二体揃っていた。
「またアイツかよ! ……って、どうかしたか? ソリス」
すぐにでも突っ込んでいくかと思いきや、彼女は怪訝そうな顔付きでその場に留まっていた。
「この短期間に十四体も来るなんて変だよ。ハイペース過ぎる」
押し寄せて来る二体の化け物に、銀髪の少女はすかさず蹴りを打ち込む。素早く両方の個体の腹を蹴飛ばし、鍵爪の付いた腕を捻り上げていた。
二体の生命体を仕留めた護衛が、こちらに悠々と戻って来る。
「これまでも散々襲われて来たし、量産できるものなんじゃないのか?」
「これ自体は量産品だけど、成体になるまで時間は掛かる。それに一応は生き物だから、育てるのにお金だってかかるよ」
「へー、そっちも貨幣経済なんだ」
「今そこは重要じゃない! 貨幣経済は知的生命体の進化の共通項! どこの世界でも惑星でも変わらないの!」
脱線に憤りながらも、丁寧な説明を挟むソリスだった。
「反乱分子は王都の外れに住むスラムの人達で形成されてるみたいだし、これだけの数の人工生命体を生成する資金はないと思うんだけど……」
「背後に資金提供してる富裕層の人間でも、いるんじゃねえの?」
殺されたばかりの異形が振り撒くタール状の黒い液体を、タカヒロは遠目に眺める。
「この化け物って、虫みたいに一度に大量に湧くものだと思ってたぜ」
「試験管の中で胚を作って、無菌室で発現を待つの。成長すれば圧倒的な殺傷力を持った兵器になるけど、簡易的な人工生命体だから急な温度変化と細菌に弱くて」
「強いんだか弱いんだか分からんな……」
生き物としては不十分だよ、と少女は答えた。
「試験管の中で作られて、人の手がないと育たない生き物だもん」
ソリスは現在の拠点へと足を向ける。
「まあいいや、オキュラスにも報告しないと。屋敷に行くからついて来て」
「俺も同行するのか」
「実際の被害に遭ってるのはキミだし、キミがいないと話にならない」
拠点である屋敷に、数日ぶりに足を踏み入れたタカヒロは様変わりした室内を見回す。
「なんか明るくなった?」
「電気と水道通ったの。地球のインフラ、うちの国よりちゃんとしてるかも」
「科学技術はそっちの方が進んでるのにな」
廃墟そのものだった屋敷内は、照明の光で白く照らされていた。前に来た時より掃除も進み、蜘蛛の巣やホコリも目に付かない。
綺麗に磨き上げられた奥の扉が開き、金髪の女性が大広間にやって来る。
「お帰りなさいませ、王女殿下。タカヒロ様もいらしていたのですね」
「オキュラスさん――、なんでメイド服?」
長袖の黒いワンピースに、フリルに縁取られた白いエプロン。
クラシカルなメイド姿のオキュラスが、スカートの裾を摘まむ。
「清掃に従事する仕事着が欲しかったので、重宝しております」
「似合いますね、オキュラスさん」
「そうでしょうか。地球人の目から見て、違和感がないのであれば僥倖です」
金髪オッドアイでスタイルも良い彼女に、ゴシック調のメイド服はよく似合っていた。
「オキュラス、今日の帰りもガングリオに襲われた。襲撃の頻度が多過ぎると思わない?」
使用人の格好をした彼女は、真剣な顔付きへと変わる。
「この短期間に十三体ですか」
「今日の襲撃は二体だったから合計で十四体。あの反乱分子に、そんなに大量に生成する余裕があると思う? スラムの人達で形成された集団だし、財政面は厳しいはずだけど」
オキュラスは薄く唇を開き、何も言わずに首を横に振った。
「お力になれず、申し訳ございません」
「仕方ないよ。反乱分子については、こっちに来る前から分からないことだらけだったし」
オキュラスは一礼して、掃除の続きをして来ると奥の部屋へ引っ込んだ。
「刺客を送るだけ送って、黒幕は姿を現さないんだからズルいよね。……タカヒロ?」
「あ、いや」
オキュラスは何か言いかけていた。本人が言わない選択を選んだのなら、触れないのが筋かもしれない。けれど、彼女の考えを聞かずに後悔はしたくなかった。
「俺もオキュラスさんの手伝いして来るよ」
奥の部屋へと向かった彼女の後を追って、空き部屋のドアを開ける。
「オキュラスさん。言いづらいかもしれないですけど、さっき言いかけたのって何だったんですか?」
鮮やかな二色の瞳が、染み一つない純白の壁に逸らされる。
「確証のないことですので、お気になさらず」
「ほとんど手掛かりもない状況ですし、何となくでも参考になるんじゃないかと思って」
この人も惑星プラメルからやって来た、現地の状況を知る人だ。何か思い付いたのなら、この少ない手掛かりから何を得たのか知りたい。
食い下がった少年を、オキュラスはじっと見つめた。
「貴方は――セプティムとは違うのですね」
「せぷ……?」
金髪の彼女はほんのわずかに、頬を和らげる。
「『精神体』の一柱です。あまり逸話の残っていない精神体の中でも、セプティムはいくつか有名な逸話が残っていて――」
前にソリスが言っていた、惑星プラメルにおける神様に相当する存在。それが精神体だと聞いていたが、一瞬でも似ている部分があると思ったということだろうか。
「そんな偉大な存在と同じわけないじゃないですか⁉ 俺、ごく普通の人間ですよ⁉」
「似ている部分は確かに、あったと思います。その、先程言いかけたことですが」
オキュラスは瞬時に表情を引き締める。
「恐らく反乱分子には、精神体が加担しています」
彼女達の世界で神様に相当する存在、精神体。星玉を狙う悪党に、そんな高位の存在が加担していると彼女は言った。
「人工生命体が襲来するペースが予想より早いです。生命体の生成には時間もコストも掛かる。反乱分子に豊富な資金があるとは考えにくい。ならば精神体が加担しているのではないかと」
「精神体はあの化け物の生成に、一役買うような存在なんですか?」
資金面の援助が可能というよりは、化け物の生成に関わっていると考える方が神様っぽいかなと思った。似た概念らしいとはいえ、俺の思う神様像がその精神体にも適応されるのなら。
「惑星プラメルの人々が信仰する精神体は、それぞれに司る機能があります。反乱分子は自分達に優位な機能を持つ精神体を、背後に付けたのかと」
「完全に俺の想像で申し訳ないんですけど。そういう神様的な存在って、有事の際は王家に味方するものなんじゃないんですか?」
「精神体はヒトが造り出した概念を持ち合わせません。善悪や王家といった存在についても、気に留めていないかと。……その辺りも個体差はあるかと思いますが」
神様と言われてタカヒロが思い浮かべるのは、今や信仰の途絶えた土着信仰の神。この町でかつて信仰されていた道祖神だ。
その神と照らし合わせても、精神体という存在は異質に思える。
ソリスが感じているであろう文化の違いを、自分も同じように体感している気分だ。
「以前お話したように、私は精神体に近しい存在です。直感的に機微を感じ取ることができる。あの人工生命体を見かけた際、精神体が干渉している気配を察知しました」
「そこまでハッキリ分かったんなら、ソリスに言っても良かったんじゃないですか?」
「いえ……。正確な証拠のない情報を、殿下のお耳に入れるのは気が引けます」
言うだけ言ってみれば良いものを、言動だけでなく気遣い方にも謙虚さの滲み出た人だ。
「一応気に留めておきます。それと、ソリスは中途半端な情報で錯乱するような人じゃないですよ。言うだけ言ってみて、後は本人に丸投げするくらいでいいと思います」
「正しいかどうかも分からない判断材料を投下することに、抵抗はないのですか」
「ソリスは情報の取捨選択ができる人だと思うから、こっちが気にしても仕方ないかなって。惑星プラメルの上下関係とか全然知らない人間の意見なので、参考になるか分からないですけど。言っておけば良かったなって後悔するかも、ですし」
「ありがとうございます。私も少々、殿下に対する遠慮が過ぎました」
彫刻のような美貌に柔らかな笑みが浮かぶ。彫像に命が吹き込まれる瞬間を目にしたような気分だった。
「そうだ。さっき言ってたセプティムの逸話って、どんなものがあるんですか?」
「精神体・セプティムはかつて、国家転覆を目論んだことで有名なのです」
神様にまつわる逸話としては、凄まじく想定外のエピソードだった。
「こ、国家転覆? 神様がわざわざすることか……?」
「精神体の思考回路は人類とは異なるので、詳しい動機は分からないのですが……。他の精神体と違って、秩序を嫌う習性がありましたから」
「もしかしてですけど、秩序を嫌うところが俺と似てると思われてたんですか?」
秩序を嫌ったことなどないし、どちらかと言うと俺は流される側の人間だ。
「雰囲気、ですね。元来の性格として、人間と同調するのが難しい御方ですから。伝承によれば、作物を荒らしては国民の仕事の邪魔ばかりしていたとか」
「とんだ厄介者じゃないですか……」
「ですがある日、セプティムの理解者が現れた。そして、彼が荒れ狂うことはなくなった」
オキュラスは窓の外に目を向ける。
「精神体は性別を持たないので、『彼』と言えるかは微妙ですが――」
「え、待ってください。精神体は人には理解できない存在なんですよね?」
「そうですね。理解者となった相手は別の精神体でした。精神体同士も分かり合うことは根本的に無いそうですが、その相手は――精神体・イリティムは彼に歩み寄ろうとした」
理解できない相手にも、歩み寄ることはできる――らしい。
「彼の暴動を危険視した我が国の大賢者が教鞭を執ったこともあり、それから数年は問題を起こすことなく平穏に過ごしていたのです。けれど、ある日セプティムは国を焼き払った」
カラスの群れを目で追っていた彼女は、わずかに渋面を作った。
「王女殿下の先祖に当たる当時の王族は、他の精神体の力を借りてセプティムを収めた。その動乱の最中に、イリティム様は命を落としています」
「神様に……えっと、精神体? に死って概念はあるんですか」
「精神体同士であれば、相手を消滅させることも可能です。その当時は生命機能を司るアヴェリム様が、セプティムの暴挙に巻き込まれた国民の命を危ぶんで手を借したそうです」
地上の出来事には無関心なのかと思いきや、国民を救おうと行動する精神体もいるようだ。捨てる神あれば拾う神ありというか、同じ高次元の存在でも考えることは違うらしい。
「例えるなら精神体はプログラムを構成する関数で、人間はそこで処理される無数のデータ。関数一つで人間という生き物を形成するには至らないから、精神体は何柱か存在するのです」
「すみません、プログラムのコードに例えられてもよく分からないというか」
窓の外では茜色の空に列を作ったカラスの群れが、黒い影を落として山の方へと飛んで行く。燃えるようなオレンジ色の空に、ほんのりと夜の色が混じっていた。
「人間の機能を司るというのは、それを収めた関数であるということ。精神体は憑代の身体を借りて地上に意思を表出させることも可能ですが、話ができたとしても意思疎通は取れない」
「は、はあ……」
「自分の文化圏の概念を伝えるのは、難しいものですね」
オキュラスは俺に視線を戻し、金色の髪を小さく揺らす。
根底にある常識からして違うのだし、伝えるのも理解するのも難しくて当然なのだろう。この町で生まれ育った青年は、今の話で何割分かったか怪しいところだ。
「でも、何となく理解できた気がします。星玉に関わることなら、いつまでも理解できないとは言ってられないですし。星玉に宿る意志も、精神体に由来するものなんですよね」
「はい。タカヒロ様ならきっと、同調に漕ぎ着けられると思いますよ」
初めて彼女に掛けられた前向きな言葉に、感じていた肩の荷が少し軽くなった気がした。




