王都不動産 第3話【入居審査】
王都の冒険者ギルド向かい。
『王都不動産 ギルド前支店 秘密厳守』
店長ガルドは、契約書を整理していた。
「今日は入居審査が三件か。」
受付のリナが首をかしげる。
「審査って、やっぱり厳しいんですか?」
「もちろん。」
「魔物でもですか?」
「魔物でも。」
「王様でも?」
「王様でも。」
「ドラゴンでも?」
「家賃を払うならね。」
その時、店のベルが鳴った。チリン。
「部屋を借りたい。」
入ってきたのは、身の丈ほどある大斧を背負ったオークだった。
リナは思わず身構える。「お、お客様……。」
オークは帽子を取り、丁寧に深く頭を下げた。
「本日はお日柄も良く、お忙しいところ恐縮です。よろしくお願いします。」
あまりの礼儀正しさに、リナは拍子抜けした。
ガルドは笑顔で席を勧める。
「ご希望の物件はございますか?」
「できれば城に近い部屋を。」
「お勤め先は?」
「魔王軍です。」
リナが目を丸くした。「ま、魔王軍!」
ガルドは淡々と羽ペンを走らせる。
「部署は?」
「第七歩兵団です。」
「勤続年数は?」
「十八年になります。」
「転職歴は?」
「ありません。」
「滞納歴は?」
「一度もありません。」
「保証人は?」
「魔王様です。」
リナは思わず声を上げた。「ほ、本当に?」
オークはクリアファイルから一枚の保証書を差し出した。
そこには禍々しくも立派な印章とともに、
『保証人 魔王』
と達筆で書かれていた。
ガルドは確認すると、静かにうなずく。
「書類に不備はありません。」
リナが小声で聞いた。
「店長……魔王軍って信用あるんですか?」
ガルドは当然のように答えた。
「敵ではありますが、給料の未払いは一度もありません。」
「そうなんですか。」
「賞与も毎年二回、きっちり支給されています。」
オークは少し照れくさそうに笑う。
「家賃補助もありますし、有給も取りやすいんですよ。」
ガルドは契約書を差し出した。
「審査、通過です。」
オークは深々と頭を下げた。「ありがとうございます!」
その時だった。
チリン。
勢いよく店の扉が開いた。
「部屋を借りたい!」
傷だらけの鎧を着た戦士だった。
「いらっしゃいませ。」
ガルドは席を勧める。
「お勤め先は?」
「冒険者です!」
「収入源は?」
「魔物を倒した時だけです!」
「今月の収入は?」
「……ゼロです。」
「先月は?」
「スライム三匹。」
「収入は?」
「銅貨十二枚。」
店内に静寂が流れた。
戦士は慌てて腰の剣をアピールした。
「で、でも! この『聖なる剣』があります! これさえあれば一攫千金も……!」
ガルドは冷静に尋ねる。
「その剣、購入時にローンを組みましたね?」
戦士は目を泳がせた。
「……はい。」
「残債は?」
「……あと六十回払いです。」
「ギルドの健康保険は?」
「未加入です。怪我の治療費とポーション代が全額自己負担でキツくて……。」
「確定申告は?」
「……領収書、無くしました。」
ガルドは申し訳なさそうに深く頭を下げる。
「大変恐縮ですが……。」
戦士は身を乗り出した。
「し、審査、通りましたか?」
「少々どころか、絶望的ですね。」
戦士はがっくりと肩を落とし、両手で顔を覆った。
「そんなぁ……来月から野宿か……。」
隣ではオークが気まずそうに頭をかいている。
「あの……その……。」
「何でしょう?」
「うちの歩兵団、今すごく人手不足なんです。」
戦士が顔を上げる。「え?」
「魔王軍、入ります?」
ガルドが静かに付け加える。
「勤続一年で住宅手当が付きます。交通費も全額支給です。」
オークも優しく頷く。
「武器のメンテナンス代も経費で落ちますよ。」
戦士は聖なる剣を見つめ、真剣な顔で数秒考えた後――
静かに顔を上げた。
「……求人票、ありますか?」
店の外では、看板猫が大きなあくびをした。
『勤務先は敵でも、家賃は味方である。』
今日も王都不動産は、公平に審査を続けていた。




