王都不動産 第2話【スライム可物件】
王都の冒険者ギルドの向かいに、小さな不動産屋がある。
店先の看板には、今日も変わらずこう書かれていた。
『王都不動産 ギルド前支店 どんなご相談もお気軽に』
店長ガルドは朝から困っていた。
「また苦情か……。」
机の上には、一枚の紙。
"空き家にスライムが住み着いています。早く追い出してください。"
最近、この手の相談が増えていた。
スライムは魔物だ。
弱いとはいえ、人々は嫌がる。
だから見つかれば冒険者に退治される。
ガルドはため息をついた。
「住む場所がないだけなんだけどな……。」
その時だった。
チリン。
ドアベルが鳴る。
誰もいない。
いや、よく見ると入口の足元に、小さな青いスライムがぷるぷる震えていた。
「いらっしゃい。」
スライムは小さく跳ねる。
ぴょこん。
ガルドはしゃがみ込んだ。
「どうした?」
スライムは床に体を伸ばし、水で文字を書き始めた。
『いえ、ありますか?』
「……え?」
『ぼくも、すみたい。』
ガルドは思わず笑ってしまった。
「お客さんだったのか。」
スライムは嬉しそうに跳ねた。
ぴょこん。
ぴょこん。
「希望条件は?」
スライムはまた文字を書く。
『ひるねできる。』
「うん。」
『あめがはいらない。』
「それは大事だ。」
『おこられない。』
ガルドの手が止まった。
「……そうか。」
スライムは文字を書き直した。
『みんな、おいだす。』
ガルドは返す言葉がなかった。
弱い魔物だからこそ、人に追われる。
誰かを襲ったわけでもない。
ただ雨風をしのげる場所を探していただけだった。
「少し待っていてくれ。」
ガルドは物件台帳をめくる。
「築百三十年。」
「屋根あり。」
「井戸あり。」
「家賃……。」
そこで手が止まる。
「払えないか。」
スライムはしょんぼり縮んだ。
ガルドは少し考え、にやりと笑う。
「じゃあ、家賃は別の形でもらおう。」
スライムが首をかしげる。
「庭の雑草取り。」
「窓掃除。」
「雨どいの水詰まり。」
「それが家賃。」
スライムは目を丸くした。
そして、勢いよく跳ねる。
ぴょん!
契約成立だった。
翌日。
近所の子どもたちが騒ぎ始める。
「見て!」
「あの家、ピカピカ!」
庭には雑草一本生えていない。
窓は鏡のように光っている。
雨どいも詰まっていない。
「あの空き家、誰が掃除してるんだ?」
町の人が首をかしげる。
夜。
仕事を終えたガルドが様子を見に行く。
玄関の前には、小さな木の板が立っていた。
少し曲がった文字で書かれている。
『ありがとう。ぼくのいえ。』
その文字を見たガルドは、静かに笑った。
数日後。
店の前に長い行列ができた。
「店長!」
新人受付のリナが叫ぶ。
「今日のお客様、多いですね!」
ガルドは外を見る。
並んでいたのは――
赤いスライム。
緑のスライム。
大きなキングスライム。
小さなベビースライム。
みんな、順番を守ってぷるぷる揺れている。
一番前のスライムが床に文字を書く。
『スライム可物件、おねがいします。』
ガルドは苦笑しながら台帳を開いた。
「……これは忙しくなりそうだ。」
その日から王都不動産には、新しい張り紙が貼られた。
『種族は問いません。住む場所を探すすべての方へ。』
その張り紙を見て笑う人もいた。
驚く人もいた。
反対する人もいた。
それでも、一人、また一人と空き家を貸してくれる大家が現れた。
「弱い魔物なら、うちの畑を荒らす鹿よけになるかもしれん。」
「毎日掃除してくれるなら助かる。」
「子どもが喜びそうだ。」
やがて王都では、スライムが庭の手入れをしたり、水やりをしたり、子どもたちと遊んだりする姿が当たり前の風景になっていった。




