王都不動産 【極秘物件】
王都の冒険者ギルドの向かいにある不動産屋。
その看板には、こう書かれている。
『王都不動産 ギルド前支店 秘密厳守』
その日、店長ガルドは物件台帳を整理していた。
「築二百年、井戸あり、スライム一匹付き……。これは"おまけ"でいいか。」
そんな独り言をつぶやいていると、店のベルが鳴った。
チリン。
黒いフードを目深にかぶった男が、周囲を気にしながら店へ入ってくる。
「……部屋を借りたい。」
「いらっしゃいませ。」
ガルドは笑顔で顔を上げた。
そして、固まった。
「お、お、お、お……」
男は小さく咳払いをした。
「静かに。」
「王様じゃないですか!」
「声が大きい。」
男はフードを少し持ち上げる。
間違いない。
この国の王様だった。
「今日は極秘任務で来ておる。」
「その王冠、極秘には向いてませんよ。」
王様は慌てて王冠を外し、袋へしまった。
「これでどうだ。」
「マントに『国王』と金糸で刺繍されています。」
「……。」
マントも脱ぐ。
「これなら。」
「顔で分かります。」
王様は肩を落とした。
「変装とは難しいものだな。」
「ええ、かなり。」
ガルドは何事もなかったように席を勧めた。
「では、ご希望をお聞かせください。」
王様は店内を見回し、声を潜める。
「絶対に誰にも言うな。」
「当店は秘密厳守です。」
「本当に?」
「口が軽かったら、とっくに潰れています。」
王様は安心したようにうなずいた。
「実は……女性のために部屋を借りたい。」
「奥様ですか?」
「違う。」
「王妃様ですか?」
「違う。」
「お嬢様?」
「違う。」
「では……。」
王様は目を閉じ、小さく答えた。
「愛人である。」
店内の空気が止まった。
その静寂を破ったのは、新人受付のリナだった。
「店長ー! 愛人向け物件って新しいカテゴリーですかー?」
「違う! 声が大きい!」
王様は両手で顔を覆った。
「今日は厄日か……。」
ガルドは咳払いをして仕事に戻る。
「では、ご希望の条件は?」
王様は指を折りながら話し始めた。
「城から近すぎると王妃に見つかる。」
「はい。」
「遠すぎると通うのが大変。」
「はい。」
「目立たない。」
「はい。」
「でも豪華。」
「はい……ん?」
「窓から城は見えてはいけない。」
「はい。」
「しかし徒歩十五分以内。」
ガルドは静かに羽ペンを置いた。
「全部満たす物件は、なかなかありませんね。」
「何とかならぬか。」
「頑張ります。」
ガルドは分厚い台帳をめくった。
「こちらはどうでしょう。」
「家賃は?」
「金貨八枚。」
「高い。」
「庭付きです。」
「庭はいらん。」
「地下室があります。」
「なぜ地下室?」
「秘密の来客には便利です。」
「便利と言うな。」
「裏口もあります。」
「ますます怪しい。」
「さらに秘密の抜け道付き。」
王様は目を丸くした。
「そんな家があるのか?」
「貴族に人気です。」
「……貴族とは。」
「皆さん、それぞれ事情がおありです。」
王様は妙に納得した顔になった。
「では、その家にしよう。」
契約書に署名しようとした瞬間。
ガルドが言った。
「ご本人確認をお願いします。」
「わしが王だぞ。」
「それでも必要です。」
「国王にも?」
「国王にもです。」
王様は財布をごそごそ探し始めた。
「身分証がない……。」
「王様なのに?」
「いつも家来が持っておる。」
「ご本人確認ができませんね。」
「わしが本人だ!」
「規則です。」
王様は額に汗を浮かべた。
そこへ店のベルが鳴る。
チリン。
「こんにちは。」
凛とした女性の声。
入ってきたのは王妃だった。
「あなた。」
王様は椅子から飛び上がった。
「お、お、お、おおお……偶然だな!」
王妃は穏やかな笑顔でガルドを見る。
「実は私も部屋を探しに来ました。」
王様は青ざめる。
「え?」
「王様に内緒で。」
今度は王様の目が点になった。
ガルドは少し考え、にこりと営業スマイルを浮かべた。
「それでは、お二人とも秘密厳守のお部屋をご案内いたします。」
「「それだけはやめてくれ!」」
夫婦の声が店いっぱいに響き渡る
店の外では、看板猫が大きなあくびをしていた。




