美食家【世界樹のハチミツ】
天界から魔界に至るまで、その名を轟かせる謎多き希代の美食家。
その男が、王都に現れた。
「世界樹のハチミツが食べたい」
その一言で、王宮中が凍りついた。
「世界樹の……ハチミツですと?」
世界樹は天を突くほど巨大な神木。
その頂上近くには、黄金色に輝く伝説の蜂蜜があると言われている。
しかし、それを守るのは体長十メートルを超える世界樹蜂。
一匹で竜を追い払う、恐るべき魔物だ。
過去に挑戦した腕利きの冒険者は数知れず。
だが、成功者は――誰一人としていなかった。
王は青ざめた顔で首を横に振る。
「不可能だ。命を捨てるようなものだぞ。」
美食家は穏やかに笑う。
「そうですか。」
「では、採ってきます。」
「え!!!」
翌朝。
美食家はピクニックにでも行くような軽装で、籠を片手に一人で歩き出した。
王は慌てて国中から最強の精鋭たちを招集し、急いでその後を追わせた。
やがて一行は、世界樹へとたどり着く。
見上げるだけで首が痛くなるほど、果てしなく高い。
「さて。」
美食家は身軽に木を登り始めた。
その中腹。
空が急に暗くなったかと思うと、鼓膜を揺らすような羽音が響き渡った。
巨大な蜂が、凶悪な毒針を向けて襲いかかってきたのだ。
聖騎士が焦って剣を抜く。
「危ない! 下がってください!」
しかし美食家は、戦うそぶりすら見せない。
ただ籠から小さな花束を取り出し、そっと蜂の前へ差し出した。
蜂はぴたりと動きを止め、花の香りをかぐと、嬉しそうに羽を震わせた。
「ありがとう。」
美食家は、まるで友人に話しかけるように微笑んだ。
「少しだけ、分けてもらえませんか。」
巨大な蜂は静かに飛び上がり、巣の奥から黄金色の蜂蜜をひとしずく運んできた。
聖騎士たちは口をあんぐり開けて立ち尽くす。
「戦わない……のか。」
「食べ物を作る者には、敬意を払う。」
美食家は当たり前のように答えた。
王都へ戻ると、国を挙げての大宴会が開かれた。
王族も勇者も大臣も、一口食べようと固唾をのんで身を乗り出す。
世界で一番貴重な蜂蜜。
黄金の雫がとろりと垂れ、脳を蕩かすような甘く芳醇な香りが広間いっぱいに広がった。
誰もが息をのみ、奇跡の味を想像して喉を鳴らす。
美食家は焼きたてのパンを一切れ取り、
その黄金の蜂蜜を薄く塗る。
ぱくり。
広間に、完全な静寂が落ちた。
王が震える声で尋ねる。
「……いかがです? その、究極の味は……!」
美食家はゆっくりとうなずいた。
「ええ。」
「パンに合いますね。」
その一言で
王は椅子から転げ落ちた
「命がけで採ってきた感想が、それだけですか!!」
(終)




