宝飾師【竜の涙】
王都の裏通り。陽の光さえ遠慮がちに差し込む路地に、小さな宝石店があった。
店主エルは腕利きの宝飾師であり、宝石に刻まれた魔法痕まで見抜く鑑定士でもある。
盗品だろうが呪具だろうが、本物か偽物かだけは決して見誤らない。
場違いなほど軽快なドアベルが鳴った。
「頼む! これを今すぐ砕いて、別のアクセサリーに作り替えてくれ!」
飛び込んできた若い男が、赤い大粒の宝石をカウンターへ叩きつけた。
革鎧。軽い足取り。絶えず出口を気にする視線。
エルは一目で察した。
「ずいぶん急ぎの客だね。」
「急ぐさ。王城の宝物庫から盗んできた国宝だからな。」
男――ザックは胸を張る。
「『竜の涙』だ。そのままじゃ足がつく。」
「なるほど。」
エルは片眼鏡を掛け、石をランプへかざした。
数秒。
静寂。
やがて彼はため息をつく。
「悪いが断る。」
「金なら払う!」
「金の問題じゃない。」
エルは石をカウンターへ戻した。
「これ、ただのガラス玉だ。」
「……は?」
「しかも安物。」
ザックの顔から血の気が引く。
「馬鹿言うな! 俺は見たんだ! 王女様が毎晩、この石を胸に抱いて祈ってた!」
「王女様が?」
エルの目がわずかに細くなる。
「……なるほど。」
作業台から細工用の小さなバーナーを取り出す。
「お、おい!」
青い炎がガラスを優しくなでる。
やがて内部に淡い光が灯った。
魔法文字が、ゆっくり空中へ浮かび上がる。
«親愛なる勇者様へ。
お城の生活はもう限界です。
この石を届けた方と一緒に、
私を連れ出しに来てください。
追伸 石は偽物ですが、
私の愛は本物です。»
「…………。」
「…………。」
沈黙が店を満たした。
最初に口を開いたのはザックだった。
「えぇぇぇぇっ!?」
エルは肩をすくめる。
「本物の国宝は無事。王女様は偽物に恋文を仕込んだ。実に賢い。」
ザックは頭を抱えた。
「やれやれ……俺、ただのコソ泥じゃねえんだ。」
「知ってる。」
「え?」
「勇者パーティーのシーフだろう。」
ザックは苦笑した。
「さすが鑑定士。何でもお見通しか。」
「で、その恋文は砕くのかい?」
ザックはガラス玉をそっと革袋へ戻した。
「いや。このまま渡す。」
「勇者様は鈍感?」
「救いようがないくらい。」
二人は思わず吹き出した。
ザックは礼もそこそこに店を飛び出していく。
静けさが戻る。
エルは片付けをしながら、小さく笑った
「宝石より輝くものも、たまにはあるのか。」




