ケルベロスの散歩代行
魔界の恐ろしい番犬、ケルベロス。
地獄の門を抜けようとする亡者を容赦なく引き裂くという、泣く子も黙る地獄の魔獣である。
そんな彼らの散歩を代行するのが、私の現在の仕事だ。
「キャン!」「わふっ!」「きゅ〜ん!」
しかし、今日私が担当するのは、まだ生後3ヶ月のケルベロスの「子犬」であった。
3つの小さな頭が、私の足元でピョンピョンと跳ね回っている。
「はいはい、今行くからね。リードが絡まるから落ち着いて」
安全な魔界の公園(※少し溶岩が流れているが気にしない)に到着し、私がリードを外した瞬間。
三つ首の子犬のテンションは最高潮に達し、そして事件は起きた。
まず、右の頭が、遠くで別の悪魔が投げた『フライングディスク』をロックオンした。
「キャンキャン!(あれキャッチする!!)」
同時に、真ん中の頭が、私がポケットから取り出した
『特製・魔界の骨っこガム』に気づいた。
「ワッフ!(おやつ!おやつ食べる!!)」
そして左の頭が、足元をヒラヒラと舞う『青い蝶々』に完全に目を奪われた。
「きゅ〜……(あ、ちょうちょ……まって〜)」
右は前方へ猛ダッシュ。
真ん中は私に向かってバックジャンプ。
左は斜め左へおっとりダッシュ。
3つの頭の意思が、見事に三方向へ分かれたのだ。
一つの体に、全く異なる3つのベクトルが同時に働いた結果、物理法則はどうなるか。
「あ、ちょっと待っ——」
私が手を伸ばした次の瞬間。
ズサァァァーーッ!!
カクッ、ドテッ、ゴロゴロゴロ……!!
見事に足がもつれたケルベロスの子犬は、見事な前転を決めながら、コロンと仰向けに転がってしまった。
「きゃんっ!?」「ふんぎゃ!?」「きゅぅ!?」
短い4本の足が、空に向かってジタバタと泳いでいる。
地獄の門番として恐れられるはずの魔獣は、今や完全に「ひっくり返ったカブトムシ」状態であった。
3つの頭がそれぞれ「どうしてこうなったの!?」という顔でお互いを見つめ合っているのがたまらなく愛おしい。
「……ほーら、だから言ったのに」
私が駆け寄って、無防備なふわふわのお腹を撫でてやると、3つの頭は「クゥ〜ン……」と情けない声を上げて、一斉に私の手にすり寄ってきた。
仕方がないので、私は右の口にディスクを持たせ、真ん中の口に骨っこをくわえさせ、左の頭の鼻先に蝶々が止まるのを待ってやった。
「さて、お散歩の続きといくか。未来の地獄の番犬さん?」
3つの頭で同時に尻尾をちぎれんばかりに振る彼らの姿を見ながら、私は「魔界の平和は今日も安泰だな」と確信するのだった。




