スライムレースのプロ予想屋
「……いいか、素人は黙って1号艇のイン逃げを買うだろう。だが、今日のレースはそんな単純なもんじゃない」
王都の郊外にある『スライム競葉場』。
その片隅で、赤鉛筆を耳に挟んだベテラン予想屋の男が、出走表を睨みつけながら客たちに熱弁を振るっていた。
「見ろ、1号艇の赤スライム。確かにスタートの飛び出しは良い。だが、今日の水面は魔力波浪がうねり、向かい風が吹いている。あの赤スライムの体重じゃ、第1ターンマークで確実に流される!」
男は出走表をバンッと叩き、鋭い眼光で水面を指差した。
「俺の狙いは、大外から展開を突く6号艇の緑スライムだ。スタート展示の動きを見たか?
乗っている葉っぱボートの『反り』が完璧に仕上がっている。内側の艇が競り合って膨らんだ隙間を縫う、完璧な『まくり差し』が決まるはずだ! 穴党なら迷わず6号艇の単勝に全ツッパしろ!!」
男のあまりにもロジカルでガチな分析に、客たちは「おおおっ……!」「なるほど、6号艇か!」とどよめき、次々と予想券を買いに走った。
男自身も、手元の資金を全て6号艇に注ぎ込み、握りしめた。
やがて、場内にファンファーレが鳴り響く。
水面には、スタートラインに並ぶ6匹の可愛らしいスライムたち。それぞれが色とりどりの「葉っぱのボート」にちょこんと乗っている。
『さあ、第12レース優勝戦! 各艇、いっせいにスタートしました!!』
実況のテンションが最高潮に達する。
予想屋の男も、柵から身を乗り出して絶叫した。
「いけぇぇぇッ! 6号艇!! 大外からまくれぇぇぇッ!!!」
水しぶきを上げ、猛スピードで葉っぱのボートが駆け抜ける——
……はずだった。
「ぽよん」
「ぷるるん」
「……ぽよよん」
水面を漂う葉っぱのボートは、時速0.5キロという驚異的な遅さで、どんぶらこ、どんぶらこと進み始めた。
モーターなど付いていない。スライムたちが自らの体を「ぽよん」と揺らす反動だけで、微ッ妙〜に前に進むシステムである。
「ぽよ〜ん……」
1号艇の赤スライムが、スタートラインを越えたあたりであくびをした。
波浪の影響など関係ない。ただ単に眠いらしい。
「いけっ! 6号艇! お前なら届く!! 隙間を抜けろ!!」
男は血管を浮き立たせて叫んでいるが、頼みの6号艇の緑スライムは、水面に浮かぶカルガモの親子の後を「ぽよよ〜ん」と呑気に追いかけ、完全にコースアウトしていた。
「なっ……バカ野郎! そっちはコースじゃない! 戻れ! 戻れぇぇっ!!」
男の悲痛な叫びも虚しく、緑スライムはカルガモと一緒にスイスイと水草の茂みへ消えていく。
一方、レースの先頭を走って(漂って)いるのは、なぜかスタートで完全に出遅れていたはずの4号艇の黄色スライムだった。
理由は簡単。さっき吹いた「ただのそよ風」に葉っぱが押され、たまたま一番前に出ただけである。
「ぷるにゃっ」
黄色スライムは嬉しそうに震えながら、そのままのんびりとゴールラインを通過した。
『ゴーーーール!! 勝ったのは4号艇!! 風を味方につけた奇跡の勝利です!!』
「奇跡もクソもあるかァァァーーッ!! 展開もデータも関係ねえじゃねえかァァ!!」
男は握りしめていたハズレ券を空高く放り投げ、その場に崩れ落ちた。
しかし、彼が涙目で水面を見ると、コースアウトした緑スライムがカルガモと一緒に「ぽよん、ぽよん」と平和に遊んでいる。
そのあまりの可愛らしさとゆるさに、男の怒りは風船がしぼむようにスゥッと消えてしまった。
「……ま、いっか。」
男は大きくため息をつくと、赤鉛筆を取り出し、明日の第1レースの出走表に向かって再び真剣な顔でデータ分析を始めるのだった。




