スライムエステ『パレット』
「いらっしゃい。……ひどい有様だな、あんた」
エステサロンの扉を開けて入ってきた客を見て、俺は思わずため息をついた。
床を這うようにして入店してきたのは、本来なら美しい水滴型であるはずのブルースライムだ。
しかし今の彼は、まるで炎天下に放置されたスライムゼリーのようにダレきり、色も淀んだ泥水のように濁っていた。
「ぷるるん……(最近、仕事が忙しくて……)」
「言い訳はいい。美しさを保つには日々の努力が必要だ。だが、安心しろ。俺の腕にかかれば、新品以上の弾力とツヤを取り戻してやる」
俺は腕まくりをして、施術台(特注のひんやりした大理石)に彼を乗せた。まずは身体の基礎を立て直す工程だ。
弾力マッサージ: 限界まで伸びきった体を、両手でリズミカルにこね上げる。
パン生地をこねるように、しかし極上の優しさでハリを取り戻させる。
フォルム矯正: 崩れた水滴型を整えるため、冷気魔法を薄くまといながら、指先でミリ単位のカーブを作り出す。
「ぷるっ、ぷるるっ!(ああっ、そこ! 凝ってたんです!)」
「動くな。形が崩れる。よし、ベースは完成だ。次はカラーリングにいくぞ」
ここからが美容師としての本当の腕の見せ所だ。
俺は油彩画のパレットのような魔法のトレイを取り出し、何種類もの抽出液を並べた。
スライムの色調補正は、絵の具を混ぜ合わせるような繊細な作業である。
「今日はどうする? 定番の『クリアスカイ・ブルー』か?」
「ぷるる!(今日は合コンなんです! だから、ちょっと背伸びして『ミッドナイト・ギャラクシー』で!)」
「……ほう、言うじゃないか」
俺はニヤリと笑い、顔料液を調合し始めた。
深い群青色をベースに、ほんの少しの紫を落とし込み、ペインティングナイフのような専用のヘラで滑らかに練り上げていく。
何層にも色を重ね、透明感と深みを出していくこの作業は、キャンバスに向かう芸術家と同じだ。
完成した特製カラー液を、スライムの頭頂部からゆっくりと注ぎ込み、全身に均等に行き渡るよう優しく揉み込む。
最後に、星屑のように細かく砕いた銀の魔石粉末をパラパラと振りかければ……。
「終わったぞ。鏡を見てみな」
そこには、宇宙の深淵を閉じ込めたような
キラキラと輝く完璧な流線型のスライムが鎮座していた。
「ぷるるーっ!!(すごい! 僕じゃないみたい! ありがとうございます!)」
スライムは歓喜に打ち震え
(その振動すら計算された美しさだ)
ピョンピョンと跳ねながら店を出て行こうとした。
「おい、待て。出口のドアはまだ開いて……」
ズルンッ!!
俺の制止も虚しく、テンションが上がりすぎたスライムは、閉まったドアの『わずかな隙間』に無理やり体をねじ込んで外へ飛び出してしまった。
窓の外を歩いていく彼の姿は、銀粉をまぶした
ただの「平べったいスライムのパンケーキ」に戻っていた。
「……美とは、儚いものだな」
俺は静かに呟きながら、次に予約が入っているピンクスライムのためのパレットを磨き始めた。




