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石像整体師


夜の帳が下りた王都。



冷たい風が吹き抜ける歴史ある洋館の屋根の上で、俺は今日も出張施術を行っていた。


俺の職業は「石像整体師」。



何百年も同じポーズで建物を守り続ける彼らの、ガチガチに凝り固まった体をほぐすのが仕事である。



「いやぁ、先生。来てくれて助かったよ……」



月明かりに照らされた本日のクライアントは、コウモリのような巨大な翼と、鋭い牙を持つ漆黒のガーゴイル。



本来なら悪霊すら逃げ出すほどの恐ろしい面構えだが、今は哀愁漂う声でボヤいていた。


「ずっと右腕を天に突き上げっぱなしのポーズでさぁ。最近もう、右肩が上がらなくて。いわゆる四十肩ってやつ? いや、俺の場合は四百肩かな。ガハハ!」



「笑い事じゃないですよ。ほら、関節の隙間に苔まで生えてる。これじゃあ石の体も悲鳴を上げます」



俺は呆れながら、仕事道具である『特製・幻獣用潤滑オイル』の瓶を取り出した。



「さあ、力を抜いてくださいね。いきますよ」


ゴリッ……メキメキッ……!


「痛っ! 痛たたた! 先生、石が削れる! 俺の肩の石が削れてるゥ!」



「最初は痛いですよ。何百年分の凝りですからね。ほら、息を吐いてー」


悲鳴を上げるガーゴイルの右肩関節に、たっぷりとオイルを塗り込み、親指の付け根でゴリゴリと強めに押し込んでいく。



石像相手の整体は体力勝負だ。しかし、オイルが浸透し、私の手の熱が伝わっていくにつれて、次第に「ゴリゴリ」という嫌な音が「ヌルッ、スルッ」という滑らかな音に変わっていった。



「おっ……? あれ……?」


ガーゴイルの声色が変わる。


すかさず、背中の翼の付け根――一番負担がかかっているであろう肩甲骨(にあたる部分の石)の裏側に指を滑り込ませ、グイッと引き剥がすように揉みほぐした。


「そこそこ……っ! あぁ〜〜〜……極楽……」



ふとガーゴイルの顔を見上げて、吹き出しそうになった。


先ほどまで威厳たっぷりに睨みを効かせていた悪魔の顔面が、まるで温泉に浸かったおじさんのようにデレェ〜ッとだらしなくとろけていたのだ。



鋭い牙が覗く口は半開きになり、吊り上がっていた目は三日月型に細められている。完全に、近所の気のいいおっちゃんの顔である。



「先生、そこ、最高。……あ、もう少し下もお願いしていい? 腰も結構キてて……」


「はいはい。今日はフルコースでやっておきましょうね」



キュッ、キュッ、スルスル……。


夜の屋根の上に、オイルで石を磨く小気味良い音と、いかつい悪魔の「ふはぁ〜」というだらしない吐息が響き渡る。


——30分後。



「いやぁ、すっかり腕が軽くなったよ! 先生、ゴッドハンドだね!」


すっかり可動域を取り戻したガーゴイルは、嬉しそうに右腕をブンブンと振り回していた。顔のツヤも良くなり(オイルのおかげだが)、威厳ある悪魔の表情もバッチリ決まっている。



「無理は禁物ですよ。たまには誰も見ていない夜中に、こっそりストレッチしてくださいね」



「ああ、約束するよ。ありがとな、先生!」



道具箱を片付け、夜の街へと続く梯子を下りた。


ふと振り返って洋館の屋根を見上げると、そこには見慣れたガーゴイルの姿があった。


ただしそのポーズは、何百年も続けていた「右腕を天に突き上げるポーズ」から、「右腕を軽く腰に当て、少しリラックスしたポーズ」へと、こっそりマイナーチェンジされていた。


(まあ、あのくらいなら人間たちにもバレないだろう)


次の予約が入っている王城の屋根へと歩き出した。

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