夢守
この世界には、誰にも知られていない職業がある。
彼らは「夢守」――別名、夢の配達人。
彼らの仕事は、人が眠っている間に、一生に一度だけ「もう二度と会えない人」と再会できる特別な夢を届けることだ。
ただし、この仕事には絶対の決まりが一つだけある。
『目が覚めたら、夢の内容は必ず忘れること』。
ゆえに、世界中の誰も夢守の存在を知らない。
ある夜、若い夢守のもとへ一枚の依頼書が舞い込んだ。
依頼人は、八十歳になる老婦人。
願いは、ただ一つ。
「五十年前に亡くなった夫に、ありがとうと言いたい」
夢守は眠る女性の枕元に静かに立ち、彼女の記憶の糸を丁寧に紡ぎ出した。
構築されたのは、五十年前の懐かしい夕暮れの町。
茜色に染まる駅前の小さなベンチ。
そこで待っていたのは、少し色褪せた背広を着た、若い頃の夫だった。
「待たせたな」
振り返った彼を見た瞬間、驚きに目を見開いた女性は、すぐさま大粒の涙をこぼした。
「ずっと……ありがとうって言えなかった」
震える声で絞り出す妻に、夫は照れくさそうに笑った。
「十分だよ」
そして、涙で濡れた頬にそっと手を伸ばす。
「お前は最後まで、よく頑張った」
二人は夕日を眺めながら、静かに、そしてしっかりと手をつないだ。
夢守は少し離れた場所から、その穏やかな時間をただ見守り続けた。
やがて夜明けが近づき、夢の空が白み始める。
終わりの時間だ。
夢守が静かに夢の幕を閉じようとした、その時だった。
「ありがとう」
夢守にしか聞こえない声が響いた。
見ると、夫が夢守の方を真っ直ぐに見つめて微笑んでいる。夢守は不思議に思い、首をかしげた。
「私は何もしていません」
しかし、夫は優しく首を横に振った。
「違う。会わせてくれて、ありがとう」
その言葉に、若い夢守の胸の奥で何かが温かく弾けた。
決して誰の記憶にも残らない、感謝されることのない影の存在。
しかし彼は初めて、自分のこの仕事を心から誇りに思った。
朝の光が部屋に差し込む。
女性はゆっくりと目を覚ました。
夢の内容は、もう何も思い出せない。けれど、なぜか枕は涙で濡れていた。
女性はベッドから起き上がり、窓を開けて澄んだ青空を見上げる。
「……なんだろうね」
彼女は小さく微笑んだ。
「今日は、とても幸せな気分」
その日、女性は引き出しの奥に五十年間しまったままだった夫の写真を、陽の当たる居間にそっと飾った。
夢守は、また次の町へ向かう。
今日も誰かに、たった一度の夢を届けるために
夢は忘れても、想いは目覚めたあとも心に残る




