占星術士
運命とは、神が書き上げた脚本だ
少なくとも、星を詠む俺はそう信じている
薄暗い地下室で、『星鋼のタロット』が宙を舞い、青白い星図を描き出す。
そこに示された未来は、たった一文だった。
『明日の夜明け、バルバロフ卿は水死する。』
「……ありえないな」
俺は煙草を灰皿へ押しつけた。
バルバロフ卿は極度の水恐怖症で、水場のない塔の最上階に暮らしている。
それでも星は嘘をつかない。
翌朝。
街中の鐘が鳴り響いた。
密室となっていた塔の寝室で、バルバロフ卿は肺いっぱいに水を飲み込み、溺死していた。
そして俺は――。
「星詠み、お前を暗殺容疑で拘束する!」
未来を言い当てた唯一の人間として、騎士団に追われる身となった。
「……まったく、星の巡りが悪い」
俺は運命を逆算する禁術を使った。
未来ではなく、結果から原因を読む星詠みの秘術。
高速で回転するタロットが、一つの真実を映し出す。
夜空の星が――誰かによって書き換えられている。
「そこまで読んだか」
王城地下の霊廟で待っていたのは、元兄弟子・エライアスだった。
「運命は変えられない。だから俺が運命を書く側になった。」
巨大な天球儀が妖しく輝く。
その瞬間、俺の身体は見えない鎖に縛られた。
タロットが新たな未来を映し出す。
『今夜、星詠みは王を殺す。』
腕が勝手に短剣を抜く。
足が意思とは関係なく王の寝室へ向かう。
止まらない。
運命がそう決めたのだから。
王の首へ刃が振り下ろされる、その瞬間。
俺は自ら舌を噛み切った。
口に溢れた血をタロットへ吹きつける。
「星に縛られない存在が、一つだけある。」
赤い魔力が尾を引く。
「予測不能の軌道を描く――彗星だ。」
血を代償に描いた彗星の軌道が、ほんの一瞬だけ運命を書き換えた。
刃は王の首筋で止まる。
そのまま俺は短剣を真下へ投げ放った。
流星のような一撃が地下霊廟の天球儀を貫き、砕く。
世界を縛っていた星図が音を立てて崩れた。
「……お前の勝ちだ」
遠くで、兄弟子の声が静かに消えた。
数日後。
俺の容疑は晴れた。
英雄の名は、誰にも知られないままでいい。
雨の裏路地で煙草に火をつける。
厚い雲の向こうには、今日も変わらず星がある。
運命は変えられないのかもしれない。
それでも夜空には、時折――
誰にも予測できない彗星が、静かに空を駆け抜ける。




