洋服仕立て屋さん
ズシン……ズシン……ッ!
王都の裏通りが、まるで大地震でも起きたかのように激しく揺れていた。
悲鳴を上げて逃げ惑う人々。それもそのはず、間口が異様に広い
『仕立て屋ハリネズミ』の前に立っていたのは、身長5メートルを超える巨大な岩の魔物、ロックゴーレムだったのだから。
「……たの、もう……」
重低音の地鳴りのような声で、ゴーレムが店の特注扉をくぐる。
しかし、カウンターの奥から現れた首にメジャーを巻いた小柄な店主・ミリィは、微塵も怯むことなく腰に手を当てた。
「いらっしゃい! なに、魔王軍の残党? 討伐なら隣のギルドに行ってよね」
「ちがう……服、ほしい……」
「服? あんた岩じゃん。防御力カンストしてるでしょ」
「……さむい」
「は?」
「冬の隙間風、岩の隙間に入って、超さむい。頭に生えてるお気に入りのコケ、枯れそう……あったかいセーター、ほしい……」
いかつい岩の巨人が、体育座りで肩を丸めながらモジモジしている。
そのあまりの乙女チックな悩みに、ミリィは盛大にため息をついた後、不敵な笑みを浮かべた。
「……いいよ。どんな魔物にもピッタリの一着を仕立てるのが、アタシの仕事だからね」
ミリィは店の奥から、樽ほどもある巨大な真っ赤な毛糸玉を引っ張り出してきた。岩肌で擦れても絶対に千切れない『炎羊』の特殊毛糸だ。
問題は、それを編む「道具」だった。
「あんたサイズのセーターを編む棒なんて、ウチにはない。ちょっと隣の武器屋に行ってくる!」
数分後、ミリィが両手に担いできたのは、冒険者がドラゴンを突くための『ミスリルの長槍』2本であった。
「よし、ゴーレム! あんたはそこで毛糸玉を持ってな! 糸が絡まったら追加料金だからね!」
「……コクン」
ゴーレムはお行儀よく体育座りのまま、巨大な毛糸玉を両手で大事そうに抱えた。
ミリィは深呼吸すると、自身に『身体強化』の魔法を二重にかけた。
カッ! と彼女の全身から闘気のような魔力が立ち上る。
「いくよ……ッ! 必殺、千手観音編みィィィッ!!」
ドガガガガガガガッ!!
それはもはや、編み物ではなく「戦闘」だった。
ミリィは二本の長槍を猛烈なスピードで振り回し、火花を散らしながら毛糸を編み込んでいく。
「どりゃぁぁぁっ! 表編み! 裏編み! ガーター編みィィッ!」
「……(ポカーン)」
「ぼーっとしてないで毛糸送れ! ほら、右腕通すよ! 肩幅合わせるから、ちょっと屈んで! そぉい! ゴム編み止めェェッ!」
長槍が空を切り、真っ赤な毛糸がうねりを上げて編み上がっていく。汗だくになり、息を絶え絶えにさせながら槍を振るう小柄な人間の少女と、毛糸玉を持ってちょこんと座る巨大な岩の化け物。
裏通りを通りかかった冒険者たちは、そのあまりにもシュールな光景に全員が歩みを止めて二度見した。
「……はぁっ、はぁっ、はぁっ……! ふぅーっ……完成、だ……!」
小一時間の死闘の末。槍を杖代わりに膝をつくミリィの前には、超特大の『真っ赤なタートルネックセーター』が出来上がっていた。
ゴーレムが不器用に袖を通す。
岩のゴツゴツした体に、ふんわりとした柔らかいセーター。その姿は、なんというか、恐ろしく巨大なマスコットキャラクターのようだった。
「……あったかい。隙間風、こない。頭のコケも、うれしそう」
ゴーレムは頬の岩を赤らめ(ているように見え)、幸せそうに目を細めた。そして、自分の胸元の岩をボリッとえぐり取ると、超希少な魔宝石『ゴーレムの原石』をカウンターに置いた。
「これ、お代。ありがとう、ちっこい店主」
「ふふっ……毎度、あり……」
ズシン、ズシンと、セーター姿でご機嫌に帰っていくゴーレムを見送りながら、ミリィは達成感と共に床に大の字に倒れ込んだ。
「当分、編み物は……ごめんだね……」
カランコロン。
その時、店の鐘が鳴った。
「あのォ~、すいません。手が冷えちゃって、手袋を8つ編んで欲しいんでゲソが……」
入ってきたのは、巨大な8本の腕を持つクラーケンだった。
「…………本日、閉店!!」
ミリィの悲痛な叫び声が、王都の空に響き渡った。




