豚骨ラーメン屋
王都の裏路地に、夜な夜な怪しげな赤提灯が灯る。
魔物除けの結界が張られたその店には、煤けた暖簾に
『骨の髄まで』という文字が踊っていた。
「……大将、いつもの。バリカタ、油多めで頼む」
地下迷宮での探索を終え、HPもスタミナも限界を迎えた重戦士のガルドは、丸太のような腕で暖簾を払いながら丸椅子にどっこいしょと腰を下ろした。
「へいらっしゃい。今日も下層まで潜ってきたのかい? 酷いツラだ」
もうもうと立ち込める湯気の向こうから、カラカラとくぐもった声が響く。
寸胴鍋の前に立っているのは、頭蓋骨にねじり鉢巻を固く結び、油で汚れた前掛けを身につけたスケルトンであった。かつて魔王軍の先陣を切ったと言われる上位不死者だが、今はすっかり王都の深夜の顔として定着している。
「ああ、ポーションも尽きた。あんたのラーメンを食わないと、宿屋まで歩く気力も湧かねえよ」
「あいよっ。特製『オーク豚骨』、一丁!」
大将が骨の腕をリズミカルに震わせる。
カタカタカタッ!
関節の構造を極限まで活かした、アンデッドにしか不可能なスナップの効いた湯切りだ。
完璧な手際で茹で上がった麺が、白濁した超濃厚スープの張られたどんぶりへとダイブする。
厚切りのコカトリス・チャーシューと、魔力を含んだネギをたっぷり乗せれば完成だ。
「お待ちどお!」
ガルドは無言で割り箸を割り、一心不乱に麺をすすった。
……美味い。疲労困憊の肉体に、暴力的なまでの旨味が染み渡っていく。
濃厚なのに獣臭さが全くなく、魔物の肉の旨味だけが完璧に抽出されている。教会でヒールをかけられるよりも、よほど体に効く気がした。
「相変わらず信じられない美味さだ。……魔法の薬草でも煮込んでるのか? なんでこんな完璧なスープが作れるんだ」
スープまで飲み干し、どんぶりをカウンターに置いて息をつくガルド。大将は眼窩の奥の赤い光を細め、フッフッフと得意げに顎の骨を鳴らした。
「人間どもと一緒にされちゃあ困るぜ。俺たちスケルトンは『骨のプロフェッショナル』だ。
オークのどの部位の骨から、どんな極上の髄液が出るか……触っただけで分かる。それに、俺には『熱い』って感覚がねえからな」
「熱い感覚がない?」
「ああ。煮込みの温度管理はラーメンの命だ。俺なら、グラグラ煮えたぎる寸胴鍋の中に直接手ぇ突っ込んで、何時間でも底からかき混ぜられるんだよ! 焦げ付きゼロの、純度百パーセントのスープってわけさ」
誇らしげに胸を張る(正確には肋骨を反らせる)大将を見て、ガルドは感心したように頷いた。確かに、不死者ならではの圧倒的なアドバンテージだ。
しかし、ガルドは以前から気になっていた疑問をふと思い出し、口にした。
「……でも大将。あんた、舌がないだろ? 味見はどうしてるんだ?」
ピタリ、と大将がどんぶりを拭く手を止めた。
「……『ソウル(魂)』だよ。俺は魂で味を見てるんだ」
「嘘つけ。こないだ常連のエルフの姉ちゃんに『ちょっと塩気薄くない?』って聞いて、味見してもらってたの見たぞ」
「うるせえ! 食い終わったならさっさと宿に帰って寝やがれ!」
図星を突かれて激怒した大将が、カウンターをドンッと強く叩いた。
王都の夜はまだ長い。今日も赤提灯の光に誘われて、絶品ラーメンを求めた冒険者たちが、次々と暖簾をくぐってくるのだった。




