山賊カンダタ 第3話【身代金とワケあり坊ちゃん】
夜の森を切り裂くように、雷鳴が轟いた。
「頭、ハズレです。金目のモンは積んでません」
ひっくり返った豪奢な馬車を漁っていた若い山賊が、泥水を蹴り上げた。
カンダタは葉巻の端を噛み切り、雨を避けるように火をつける。
「だが、特上の商品がいましたぜ」
引きずり出されたのは、十歳ほどの少年だった。
泥だらけになった絹の服。
震えてもおかしくない年頃なのに、その瞳だけは夜の獣のように静かだった。
「……身代金は期待できそうですね。」
カンダタは少年の前へしゃがみ込んだ。
「名前は。」
「……レオ。」
「泣かねえのか。」
「泣いて助かるなら、とっくに泣いてる。」
その答えに、カンダタは鼻で笑った。
「連れて行くぞ。」
焚き火が爆ぜる。
レオは王都屈指の名門貴族の跡取りだった。
叔父の謀反で一族は滅び、馬車は避難ではなく暗殺者への引き渡しだったという。
「僕を殺せば叔父から金が出る。」
少年は静かに言った。
「山賊なんだろう?それが一番儲かる。」
「ガキが商売を語るな。」
酒瓶をあおるカンダタに、レオは少しだけ笑った。
「違うの?」
「違う。」
「商売ってのはな。」
カンダタは葉巻をくわえ直す。
「一番高く売れる相手を見極めることだ。」
その時だった。
「頭!」
見張りが転げ込んでくる。
「囲まれました!」
「王国軍じゃねぇ!暗殺ギルドです!」
洞窟の入口に黒い影が音もなく並ぶ。
先頭の男だけが、一歩前へ出た。
顔は仮面で隠れている。
「その少年を渡せ。」
低く、感情のない声だった。
「依頼は完遂する。」
「それが我らの掟だ。」
カンダタは葉巻の煙を吐いた。
「そうか。」
「俺たちも掟で飯食ってんだ。」
「獲物をタダで渡すような赤字商売はしねぇ。」
仮面の男は肩をすくめる。
「命より金を選ぶか。」
「違う。」
カンダタは笑った。
「金になるから命を守るんだ。」
一味が息を呑む。
勝てる相手ではない。
暗殺ギルド。
魔法。
毒。
奇襲。
どれを取っても自分たちより格上だった。
若い山賊が震えながら言う。
「頭……今回は……」
「損切りだろ?」
カンダタは首を鳴らした。
「違う。」
「これは投資だ。」
レオが前へ出る。
「僕が行けば終わる。」
「恩は返したい。」
その肩をカンダタが掴んだ。
「坊ちゃん。」
「勝手に商品が歩くな。」
そのまま後ろへ放り投げる。
「商売の邪魔だ。」
黒衣が一斉に飛ぶ。
洞窟は瞬く間に修羅場になった。
毒針。
火球。
短剣。
山賊たちは押される。
一人が肩を刺され倒れた。
もう一人は毒煙に膝をつく。
「頭!」
カンダタの脇腹にも短剣が突き刺さる。
血が滴る。
それでも笑っていた。
「安いもんだ。」
「頭!」
レオが叫ぶ。
「右だ!」
暗殺者が岩陰から飛び出す。
カンダタは振り向きざまに大剣を叩き込み、そのまま岩ごと相手を吹き飛ばした。
「坊ちゃん!」
「目だけはいいじゃねえか!」
「家庭教師が軍学好きだった。」
初めて子供らしい声だった。
仮面の隊長が魔法陣を展開する。
黒い炎が洞窟を埋め尽くす。
若い山賊が叫ぶ。
「終わりだ!」
「いや。」
カンダタは笑う。
「終わるのはてめぇだ。」
大剣が魔法陣ごと叩き割る。
仮面は砕け、隊長は膝をついた。
「……理解できん。」
「利益にもならぬ。」
「何故そこまでする。」
カンダタは血を吐きながら答えた。
「利益になるさ。」
「十年後にな。」
その一撃で勝負は決まった。
夜明け。
暗殺者たちは退き、生き残った者も仲間を抱えて闇へ消えていった。
若い山賊が座り込む。
「頭……生きて帰るなんて思いませんでした。」
「俺もだ。」
カンダタは笑った。
レオが近づく。
その目には初めて涙が浮かんでいた。
「なぜ。」
「僕なんかのために。」
カンダタは人差し指を立てる。
「勘違いするな。」
「お前は俺の商品だ。」
「絶対に死ぬな。」
「王都を取り戻せ。」
「その時。」
「今日の身代金。」
「利子を山ほど乗せて取り立てに行く。」
レオは泣き笑いのまま頷いた。
「……必ず返す。」
「いや。」
カンダタはニヤリと笑う。
「返すんじゃねぇ。」
「払え。」
数日後。
隣国行きの商船。
レオは何度も振り返りながら深く頭を下げた。
若い山賊が葉巻に火をつけるカンダタを見る。
「頭。」
「結局一文にもなりませんでしたね。」
紫煙が海風に流れる。
カンダタは空を見上げた。
「馬鹿野郎。」
「極上の投資ってのはな。」
「忘れた頃に、一番でけぇ利息を連れて帰ってくるもんだ。」
そう言って悪党は笑った。




