魔法探偵
王都の裏通りに、小さな看板が揺れていた。
『魔法探偵事務所 迷い猫から魔法事件まで』
バンッ!
事務所の扉が勢いよく開く。
「た、大変です!」
飛び込んできたのは、パン屋を営む若い女性だった。
魔法探偵レオンは、指先から召喚した極小の『業火の魔法』でマシュマロを炙っていた手を止め、静かに顔を上げる。
「落ち着いてください。闇の結社ですか? それとも古代竜の目覚め?」
「うちのスライムがいなくなったんです!」
「……スライム?」
「はい! 家族なんです!」
レオンは炙りかけのマシュマロを口に放り込み、黒いコートを翻して立ち上がった。
「依頼をお受けしましょう」
女性が差し出した似顔絵には、満面の笑みを浮かべた丸くて青いスライムが描かれていた。名前は『ぷに丸』。
二人はすぐさまパン屋へ向かった。
店内には焼きたてのパンの香りが漂っている。
レオンは床に片膝をつき、目を閉じて呪文を唱え始めた。
「我が魔眼よ、隠されし深淵の真実を暴け……『魔力痕跡追跡』!」
カッ、とレオンの瞳が黄金に輝く。
彼は鋭い視線を床へ走らせ、息を呑んだ。
「見えました。床に点々と、青き魔力の残滓が裏口へと続いています」
「あ、普通に床がぬるぬる光ってるんで、私でも見えます」
「……行きましょう」
ぬるぬるの跡は、裏口から路地へと続いていた。
途中で、店先を掃除していた八百屋のおじさんに遭遇する。
レオンは懐から魔法の水晶を取り出した。
「対象の記憶を強制的に読み取る『読心術』を使います。少し痛むかもしれま――」
「ああ、青いスライムなら、さっき子どもたちが連れて歩いてたよ。公園の方に」
「……私の詠唱より早く真実を口にするとは。この町の住人、侮れませんね」
「お兄さん、ちょっと痛い人?」
女性は青ざめた。
「誘拐ですか!?」
「急ぎましょう! 場合によっては、私が『殲滅の雷鳴』を放つことになります!」
「やめて! ぷに丸ごと消し飛ばさないで!」
二人は足跡を追い、慌てて公園へ駆け込んだ。
すると――。
「ぷるぷる~!」
平和そのものの声が聞こえる。
広場では三人の子どもが、青いスライムと楽しそうにボール遊びをしていた。
レオンは杖を構え、子どもたちに向かって叫んだ。
「そこまでだ、誘拐犯結社『無邪気な子どもたち』! 人質を解放しろ!」
「探偵さん、その恥ずかしい呼び方やめてください!」
女性が駆け寄る。
「ぷに丸!」
「ぷる!」
スライムは嬉しそうに飛びついた。
子どもたちは驚いた顔で振り返る。
「あ、この子、お姉ちゃんのスライムだったの?」
「ひとりで歩いてたから、迷子だと思って遊んでたんだ!」
「ごめんなさい」
子どもたちは素直に頭を下げた。
レオンは構えていた杖をそっとしまい、大きく咳払いをする。
「……ふっ。君たちの純真さに免じて、今日のところは魔法を収めておこう」
「ありがとう、変なお兄さん!」
事務所へ戻る道すがら、女性は笑顔で言った。
「本当にありがとうございました。でも、どうしてすぐ誘拐じゃないって分かったんですか?」
レオンはコートの襟を立て、クールに答える。
「スライムに首輪も目印もありませんでした。誰のペットか分からなければ、親切な人ほど保護しようとするものです。……まぁ、私の『未来予知』でも見えていましたがね」
「それ、八百屋のおじさんが教えてくれたからですよね」
「……」
翌日。
パン屋の前には、小さな青いスライムが気持ちよさそうに揺れていた。
体には、かわいらしい赤いはちまき。
金色の札には、大きくこう刻まれている。
『ぷに丸』
近所の子どもたちが笑顔で手を振る。
「ぷに丸、おはよう!」
「ぷる!」
その様子を通りの向こうから見ていたレオンは、小さく微笑んだ。
「これでもう、迷子にはならないでしょう。……さて、次なる闇の事件が俺を呼んでいる」




