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王国裁判所


「被告、赤竜グランバルド。前へ」


王国裁判所の法廷に、全長十五メートルはある巨大なドラゴンがのっそりと歩み出た。


ズシン、ズシンと床が悲鳴を上げ、傍聴席の魔物たちが震え上がる。


だが、裁判官は微塵も動じず、冷徹に木槌を叩いた。

「静粛に。本日の事件は、スライム村損壊事件である」

原告席には、小さな青いスライムがぷるぷる震えていた。


「原告、スライム村村長・スラリン」

「ぷるっ!」


隣に立つ弁護士が、悲痛な面持ちで天を仰いだ。



「裁判長! 依頼人の平和な村は先月十五日、被告の無慈悲な足取りによって蹂躙されました! 家屋二十七棟が全壊、愛する畑は壊滅、命の源たる井戸も粉砕! 住民百三十四匹が、今も冷たい路地裏で肩を寄せ合っております!」


法廷が同情のざわめきに包まれる。


裁判官はドラゴンを鋭く睨んだ。


「被告。この惨劇は事実か?」

ドラゴンは鼻息を一つ吹き出し、法廷の書類を数枚吹き飛ばした。


「……散歩していたら、靴の裏で『ぷちっ』と音がした」


「見えていなかった、と?」


「うむ。米粒より小さかったゆえ」


「過失であると」


「いかにも」


ドラゴンの国選弁護人が、脂汗を拭いながら立ち上がる。


「さ、裁判長! 依頼人は数百年前から同じ山道を散歩するルーティンを守り続けております! ぽっと出のスライム村が、勝手に足元へ移住してきたのが悲劇の引き金であり――」



「異議あり!」原告弁護士が机を叩く。「『大型魔物歩行安全法』第三条! 歩行時の足元確認義務違反です!」

ドラゴンは忌々しげに舌打ちした。


「そんな法律、我の時代にはなかったぞ……」

裁判官は冷たく言い放つ。


「時代のアップデートに乗り遅れたことは、免罪符にはならん。……では、証人を」


重々しい音と共に法廷の扉が開く。


現れたのは、顔に古い傷跡を持つ、くたびれたトレンチコート姿のゴブリンだった。


彼は葉巻の代わりに木の枝をくわえ、やれやれと肩をすくめる。


「証人。事件当日、現場の惨状を見ていたか?」



ゴブリンは遠い目をし、深く、重い声で語り出した。

「……思い出したくもねえ。あの日、俺は確かにあの丘にいた。風が泣いてたよ。これから起きる血塗られた悲劇を予感するようにな」


法廷が息を呑む。


「それで、お前は何を見た?」

ゴブリンは木の枝を吐き捨て、ニヒルに笑った。



「最高の夢さ。ポカポカの草むらで極上の昼寝を楽しんでた。……目が覚めたら、村は平地になってたよ」


法廷中が静まり返る。


「……犯行の瞬間は、一切見ていないのだな?」


「ああ、熟睡だった。いびきもかいてたらしい」


裁判官は頭を抱え、無言で出口を指差した。

「帰れ」


ゴブリンはハードボイルドに一礼し、風のように去っていった。



気まずい沈黙を破り、次の証人である妖精が飛んできた。


「私は一部始終を見てました!」


「証言を」


「ドラゴンさん、お昼にオークを三匹丸呑みしたあと、すっごく眠そうだったんです。歩きながら白目むいて、完全に舟を漕いでました!」



法廷中がざわついた。

ドラゴンは気まずそうに目をそらす。


「……春の陽気が、我を誘惑したのだ」


「つまり、居眠り運転……ならぬ居眠り歩行だな?」

「ほんの三十分だ」

「村を三つ潰せる時間だ」



傍聴席からドッと笑いが起きる。裁判官は木槌を乱打した。

「静粛に!」


しばらく書類を読み返した裁判官は、ゆっくりと立ち上がった。

「判決」


法廷が水を打ったように静まり返る。


「被告グランバルドは、前方不注意および居眠り歩行の過失を全面的に認める。よって、スライム村の再建費用ならびに慰謝料として、金貨五千枚の支払いを命ずる」


スライムたちが歓喜の声を上げる。


しかし、ドラゴンは目を伏せ、大地を揺らすほどの深いため息をついた。


「……裁判長」

「何だ、不服か」

「五千枚……一括は、血を吐く思いだ。最近は姫を攫うのもコンプライアンス的に厳しくてな……貯金がないのだ」


法廷に凄まじい哀愁が漂う。

百獣の頂点に立つ巨大な古竜が、ひどく掠れた声で、ぽつりとこぼした。


「……分割は、きかないか?」

裁判官は表情一つ変えず、冷徹に言い渡した。

「月々百枚。完済まで五十か月。ボーナス払いなし。一度の滞納も許されない」



「恩に着る……!」

 


ドラゴンは、すべてを失い敗北した戦士のように、深く、深々と頭を下げた。



その痛々しい姿を見たスラリンも、ぷるんと体を揺らした。

「ちゃんと払ってくれるなら、それでいいぷる。……がんばれぷる」



こうして王国初となる『ドラゴン対スライム』の裁判は、世知辛い和解で幕を閉じた。

その日以降、王国には新しい標識が立てられた。

『この先 スライム村につき ドラゴン徐行(※居眠り厳禁)』

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