ミミックのダイエット指導員
ダンジョン第三階層の薄暗い通路。
そこに、なんとも情けない姿の宝箱がポツンと置かれていた。
「……ふぅ。今日もまた、フタが閉まらないな」
と声をかけると、宝箱――いや、擬態モンスターである『ミミック』は、パカッと半開きになったフタから、はぁと疲れたようなため息を吐き出した。
冒険者を待ち伏せして驚かせるのが彼らの仕事だが、このミミックは致命的な問題を抱えていた。
じっと待ち伏せしすぎたせいで完全に運動不足となり、木箱の中の本体がぽっちゃりと太ってしまったのだ。
結果、フタが完全には閉まらず、常に中身のスライム状のお肉がチラ見えしている。これでは誰も宝箱だとは騙されない。
そこで呼ばれたのが、異世界ハローワークから派遣された俺、モンスター専門のダイエット指導員だ。
「さあ、今日も頑張ろうか。まずは昨日のデータ確認からだ」
懐から小さなメモ帳を取り出した。日々のちょっとした変化や細かな数値など、大事なデータ事はすべてこのメモ帳に書いてしっかり保管しておくのが自分のスタイルだ。
「フタの開き具合は昨日より3ミリ改善。いいペースだよ。それじゃあ、まずは基本の『フタの開け閉め腹筋』からいこう!」
号令に合わせて、ミミックが「バタン!……パカッ……バタ、ン……」と一生懸命にフタを開け閉めする。
「いいよ!その調子!蝶番の筋肉を意識して!」
十回もやると、ミミックはゼエゼエと息を切らし、フタをだらんと開けっ放しにしてしまった。無理もない、何年も座りっぱなしだったのだ。
「次は有酸素運動だ。ダンジョンの広場を軽く三周、ホッピング・ジョギングいくよ!」
箱の底から短い足をちょこんと出し、ミミックが「ドスン、ドスン」と不器用に飛び跳ねる。
私は並走しながら「イチ、ニ!イチ、ニ!」と声をかけた。角を曲がるたびに箱がゴロンと転がりそうになるのが、なんともユーモラスで可愛い。
そんな地道なトレーニングを続けること一ヶ月。自分のメモ帳には、ミミックの涙ぐましい努力の記録がびっしりと埋まっていた。
そして今日、ついにその成果を試す時が来たのだ。
「しっ、誰か来たぞ」
足音が近づいてくる。新米の冒険者パーティーだ。ミミックは広場の中央で、息を潜めた。
ぽっちゃりとはみ出ていたお肉はすっかり引き締まり、木箱のフォルムは美しい長方形を取り戻している。
冒険者が近づいてくる。一歩、また一歩。
ミミックは、スッ……と、音もなく完璧にフタを閉じた。一ミリの隙間もない、完全なる宝箱の姿だ。
「おっ!こんな所に宝箱があるぞ!」
冒険者が無防備に近づき、手を伸ばした瞬間――。
『ガバァッ!!!!』
見事なジャンプと共に、ミミックは冒険者を勢いよく驚かせた。
腰を抜かして逃げていく冒険者たちを見送りながら、ミミックは嬉しそうにフタをカパカパと鳴らしすり寄ってきた。
「よくやった!完璧なフォルムだったよ」
私が木の表面を撫でてやると、ミミックは誇らしげに身を揺らした。
ただ、少し運動神経が良くなりすぎたのか、最近は自ら冒険者を追いかけてダンジョン中を走り回るようになってしまった。
まあ、また太るよりはマシか…メモ帳に『ダイエット大成功』と書き込んだ。




