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呪文開発士 第3話【痛みだけ飛ばす呪文】


王都の外れにある古びた研究所。



 今日も煙突から毒々しい紫色の煙が噴き出し、時折「ボンッ!」という爆発音が響く。



 近所の人々は窓を閉めながら口をそろえる。

「ああ、またグリモ博士が何か作ったんだな」


 研究所の中では、助手の青年ルーンが深いため息をついていた。

「博士……今度は何を爆発させたんですか?」



 煙をうちわで払いながら部屋へ入ると、煤だらけの老人が満面の笑みで振り返った。


「ルーン! ついに完成したぞ!」

 その一言だけで、ルーンは胃が痛くなった。



「その台詞のあと、王国の法律が何条増えたと思ってるんですか」

「過去を振り返るな。今日は実に人道的な発明だ」

「本当ですか?」

「怪我を治す呪文ではない」

「もう嫌な予感しかしません」

 博士は胸を張る。



「痛みだけを別の場所へ飛ばす呪文だ!」

 ルーンは静かにこめかみを押さえた。

「怪我は?」

「治らん」

「出血は?」

「止まらん」

「じゃあ意味ないじゃないですか」

「痛くなければ平気だ」

「出血多量で笑顔のまま死にますよ」



 博士は聞こえなかったことにした。

「では実験だ」

「えっ、ちょ――」

 チクリ。

「いたっ!」

 指先に小さなかすり傷ができる。


 血がぷっくりと浮かんだ。

「安心しろ」


 博士は杖を掲げる。

「《ペイン・トランス》!」



 青白い光が傷口を包む。

 すると。

 ぽろり。

 黒く、トゲトゲした小さな石が傷口から転がり落ちた。


「あれ?」

 ルーンは指を動かす。


「痛く……ありません」

 傷はそのままなのに、痛みだけがきれいに消えている。



 博士は飛び上がった。

「成功だ! 痛みの結晶化に成功した!」

「結晶?」


「名付けて――苦痛結晶!」


 博士が掲げた瞬間。

 空中に黒い穴が開き、その結晶をシュッと吸い込んだ。


「……え?」


 次の瞬間。

 隣の部屋から絶叫が響いた。



「ぎゃあぁぁぁぁぁぁ!!!!!?!」


 ルーンは飛び上がる。

「誰です!?」



「魔王軍の捕虜を一時的に預かっておってな」


「なんでそんな人が隣にいるんですか!?」


「空間転送の実験台……いや、たまたまだ」


「その言い直し、全部聞こえてますからね!?」

 さらに怒鳴り声。


「誰だ! 空からトゲトゲの石を落とした奴は!」

「触っただけで痛ぇぇぇ!!」


 ルーンは恐る恐る博士を見る。

「僕、紙で指を切った程度ですよね?」

「うむ」

「なんであんな絶叫してるんです?」


 博士は満足そうにうなずいた。

「結晶化の際、苦痛が百倍に濃縮される仕様でな」


「仕様じゃありません!」

「改良すれば千倍も――」

「改良しなくていいです!」



数日後。


 研究所に一通の手紙が届いた。

 封蝋には魔王軍の紋章。

 ルーンが恐る恐る開封する。



前略

貴研究所より空間転送されてくる『黒いトゲトゲの石』につきまして。


当局にて保管しておりますが、誤って触れた兵士が次々とのたうち回るため、倉庫管理に重大な支障をきたしております。



至急、お引き取りくださいますようお願い申し上げます。


魔王軍兵站局

 ルーンは無言で博士へ差し出した。


 博士は最後まで読むと、静かにうなずく。

「返品は受け付けておらん」

「通販じゃないんですよ」



その三日後。


兵站局から二通目の手紙が届いた。

追伸

廃棄も試みましたが、壊すと中の痛みが一斉に飛び出します。


どうか責任を持ってお引き取りください。


 博士は嬉しそうに目を輝かせた。

「ほう。割ると再放出されるのか」


 机へ向かい、羽ペンを走らせる。


「これは面白い。次は苦痛結晶を割って好きな相手へ飛ばす呪文を研究してみるか」


 ルーンは天井を見上げ、小さくつぶやいた。

「……王国の法律が、また増えますね」


その日、魔王軍では兵站局長が胃薬を飲み、王国では法務大臣が頭を抱えたという。

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