山賊カンダタ
辺境の深い山奥。苔むした古代遺跡の最深部で、一体の機械人形が目を覚ました。
「……システム起動。マスター、および所属国家の消滅を確認」
残された基本コマンドはただ一つ。
『人命を保護せよ』
支援型自動人形RO-7が外へ出ると、そこにいたのは遺跡荒らしの山賊カンダタ一味だった。
カンダタは、舌打ちをして剣を下ろした。
「なんだ、金目のもんじゃねえのか。ただの鉄屑だ」
男たちはRO-7を「盾」兼「荷物持ち」として連れ帰ることにした。
彼らの稼業の鉄則は『損切りは早くする』ことだ。
道中、一行は毒の沼にぶつかった。
渡し船は壊れ、迂回すれば三日は遅れる。
RO-7は迷わず自らの身体を横たえ、橋になった。男たちが渡り終える頃、最後尾を歩いていた一番若い山賊が、沼にぬかるんで足を滑らせた。
とっさにRO-7が腕を伸ばして引き上げる。
「……助かった。ありがとよ」
若い山賊がそう言うと、カンダタが横から鼻を鳴らした。
「礼なんぞ言うな。感謝すりゃ、次はもっと危ない橋を渡らせようとするぞ、こいつは」
「隊長は、誰かに感謝したことないんですか」
カンダタは答えなかった。焚き火の前でだけ、ぽつりと漏らした。
「昔、弟がいた。俺を庇って、崖から落ちた。『ありがとう』も言えねえまま、俺は突っ立って見てるだけだった。それからだ。感謝なんて言葉、軽々しく吐くもんじゃねえと思うようになったのは」
RO-7は淡い青色のレンズを瞬かせた。
「質問の意図が不明です。私は人命保護を最優先とする支援機。対象の善悪は評価基準に含まれません」
「……可愛げのねえヤツだ」
そう言いながらも、カンダタはそれ以降、RO-7が前に出るたび、わずかに眉を寄せるようになっていた。
数日後。一行は山峡で、目覚めた古代の防衛兵器《殲滅機》と遭遇する。
圧倒的な火力。
カンダタ達の刃など通用しない。
一人、また一人と吹き飛ばされ、カンダタが地に片膝をつく。
「チィッ……ここまでか……」
熱線の照準が、部隊長へ向かって絞られていく。
逃げ場はない。時間が止まったように、誰も動けなかった。
「人命保護プロセス、最終段階へ移行します」
RO-7が前へ出た。
直後、殲滅機の放った熱線が、RO-7の胴体を深々と貫く。
装甲が溶け、胸の魔力炉が砕け散る。
だが、RO-7は倒れない。
自らの全魔力を暴走させ、緊急停止信号のパルスを放った。
同じ古代文明の機体にのみ作用する、自爆同然の強制シャットダウンだった。
耳をつんざく轟音とともに、殲滅機は機能停止し、地に伏した。同時に、RO-7の身体も真っ二つに裂け、冷たい土の上へ崩れ落ちる。
「おい……鉄屑!」
カンダタが、泥にまみれて駆け寄った。
「システム……致命的損傷……停止まで三十秒」
途切れ途切れの音声。部隊長は、熱を帯びた鉄の塊を抱き起こした。
「バカ野郎、ただの道具が、俺たちみたいなゴロツキのために命を張るんじゃねえ……っ」
「対象の善悪は、評価基準に含まれません。何度でも……そう答えます」
部隊長の喉から、掠れた声が漏れた。「……弟の時と同じだ。またお前は、俺に何も言わせずに逝くのか」
パキッと、RO-7の右目のレンズにヒビが入った。そこから、青色の冷却液が一滴、ツーッと鋼鉄の頬を伝ってこぼれ落ちる。
部隊長が息を呑む。「お前……泣いてるのか……?」
RO-7は、わずかに残った機能で首を横に振った。
「否定……します。これは、魔力炉破損による、冷却液の漏洩……感情の発露では……ありません。ですが……視覚センサーの、異常でしょうか」
RO-7は、見上げる空へと青い瞳を向けた。
煙が晴れた夕暮れの空は、淡く美しく滲んでいた。
「今の、世界が……とても、綺麗に……見えます」
それが、最後の音声だった。瞳の光が消え、完全にただの鉄屑へと戻る。
カンダタは何も言わず、動かなくなった機械を強く抱きしめた。
「今度こそ、ちゃんと言わせろよ……ありがとうって……」
機械は最後まで、人間のように涙を流すことはなかった。
だから代わりに、決して他人のために泣くことのなかった山賊の男が、泥だらけの顔を歪ませて、声にならない声を上げて泣いた。
夕風が吹き抜ける中、鋼鉄の頬を濡らした一滴の青いしずくは、いつまでも静かな光を放っていた。




