占い師
王都の裏通りに、小さな占い館があった
「未来がよく当たる」
そう評判の店を営むのは、若い占い師リリア
だが、その力には誰にも明かせない掟があった。
恋をした瞬間、未来を視る力を失う
代々受け継がれてきた神聖な力
人々の未来を守るため、占い師は生涯、誰にも心を預けてはならない
だからリリアは、自分には恋など訪れないものだと思っていた
ある日、一人の冒険者が店を訪れる
「明日、討伐依頼を受けるんだ。運勢を見てもらえるかな」
水晶玉は淡く光り、未来を映した
「午前中に出発してください。西の街道は避けて、東の獣道を進めば無事に帰れます」
「ありがとう、また助かった」
青年は人懐こく笑い、店を後にした
それから彼は依頼の前になると必ずやって来た
占いが終わると帰るわけでもなく、王都で評判のパン屋の話や、旅先で見た星空の話をして笑った
リリアも少しずつ、彼を知るようになっていた
無理をして笑うときは、右の眉が少しだけ上がる
不安を隠す日は、利き手ではない左手で杖を強く握る
眠れていない日は、言葉より先に目の下に疲れが浮かぶ
そんな癖ばかり覚えていった
ある朝、リリアは水晶玉に触れた
いつもなら応えるように灯る光は、そこになかった
冷たい硝子だけが、掌に触れている
胸の奥が静かに沈んだ
――恋を、してしまった
いつからなのかは分からない
気づいた時には、未来はもう何も映さなくなっていた
それでも店は開けた
青年が扉を開く音を、待ってしまう自分がいた
「今日は洞窟探索なんだ」
リリアは彼の左手を見る
杖を握る指先に、いつもより少しだけ力が入っていた
「……東の入り口からは入らないでください」
未来は見えていない
彼を見て、そう思っただけだった
それでも青年は笑った
「分かった。君の言う通りにするよ」
胸が痛んだ
占っているふりをするたび、水晶玉の冷たさだけが指先に残った
ある雨の日
青年は椅子に腰掛けると、小さく息を吐いた
「今日は依頼じゃないんだ」
「では、何を占いましょう」
少し照れたように頭をかく
「好きな人がいる」
その一言だけで十分だった
胸の奥が、小さく軋む
リリアは光らない水晶玉へ手をかざした
沈黙だけが、二人の間に落ちる
青年の右眉は動かない
彼は嘘をついていない。
「……告白は、成功します」
それは占いではなかった
願いだった
自分ではない誰かのもとへ、どうか幸せに辿り着いてほしいという、恋を諦めるための祈りだった
青年は嬉しそうに笑った
「ありがとう。明日、伝えてくる」
帰っていく背中を見送りながら、リリアは水晶玉へ布をかけた
もう、この硝子に嘘をつかせたくなかった
翌朝
開店の支度をしていると、扉が鳴る
立っていたのは、大きな花束を抱えた青年だった
「昨日、占ってもらった好きな人」
真っすぐにリリアを見つめる
「あなたなんだ」
息が止まった
言葉が見つからない
ようやく唇から零れたのは、たった一つの問いだった
「……いつから、気づいていたんですか」
青年は少し困ったように笑う
「半年前くらいかな」
「占いじゃなくなったこと、ですか」
「うん」
彼は頷く
「未来じゃなく、俺を見て答えてくれるようになった」
リリアの目に涙が滲んだ
「それでも、どうして……」
「占いを当ててもらいたかったわけじゃない」
青年は一歩近づき、花束を差し出す
「君が、未来じゃなく、俺自身を見てくれていたから」
張り詰めていたものが、音もなくほどけた
リリアは初めて、人前で涙を流した
占い師としてではない。
ただ、一人の女性として
「私はもう、何も見えません」
震える声で言う
「あなたの未来も、この先の危険も」
青年は穏やかに笑った
「知ってる」
そして静かに手を差し伸べる
「未来なんて、誰にも見えなくていい」
「これからは、一緒に探そう」
リリアはその手を取った
部屋の隅では、布を掛けられた水晶玉が静かに眠っていた




