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神話発掘士

太陽を盗んだ魔女


「魔女が太陽を盗んだ日、世界は闇に包まれた」


王国では、幼子ですら知る神話だった。

 


そしてもう一つ、大人たちが小声で付け加える言葉がある。


「魔女とはもともと、そういう生き物なんだ」と。



神話発掘士のリュカは、その舞台とされる《黒暁の遺跡》へ足を踏み入れていた。



「魔女を討った聖騎士の遺物を探せ」



依頼人はそう言って、冷笑とともに付け加えた。



「ついでに魔女の骨でもあれば持ち帰れ。好事家に高く売れる」


リュカは何も答えなかった。


子どもの頃、村にも似た話があった。


薬草の知識があっただけの老婆が、疫病の後に「魔女」と呼ばれ、石を投げられて村を追われた。



祖母はそれを、最後まで悔いていた。


――魔女、か。


遺跡の最深部。


風化した壁画には、巨大な黒い球体が空から降り注ぎ、大地を焼く光景が描かれていた。



人々が逃げ惑い、神々すら膝をつく中、たった一人で立つ影がある。


長い髪をなびかせ、両手を空へ掲げる女。


壁画の女は、人々に背を向けていた。


皆をかばうように。あるいは、誰も巻き込まないように。


祭壇の裏から見つかった水晶板に魔力を流すと、古代の記録が音声となって響いた。


『終焉の太陽、接近』

『神々の結界、崩壊』

『封印術式、成功率八%』



激しい雑音に混じり、低く、静かな女の声が続いた

『……八分、か。十分すぎる』


『どうせ私は、あの疫病の年に死んだも同然の女だ』


『ならばこの命、せめて誰かの明日のために散らそう』


『世界よ、私を永遠に呪うがいい』


『この太陽は、私が連れて行く』



そこで記録は途切れた。


リュカは動けなかった。


彼女は確かに太陽を盗んだ。  


空に輝く光ではない。


世界を焼き尽くす災厄――"終焉の太陽"を、ただ一人、己の身に封じ込めて空に散ったのだ。



だから、空は闇に閉ざされた。



人々は理由を知らず、光を奪われたと嘆き、もともと疎まれていた彼女を都合よく闇の元凶に仕立て上げた。



世界を救った者が、世界の敵とされた。



リュカの脳裏に、村を追われた老婆の背中が重なる。


王都へ戻ったリュカは、報告書を提出した。


目を通した宮廷史官は、ただ短く吐き捨てた。



「……聖騎士の英雄譚には不釣り合いだな」


「ですが、それが事実です」


「事実が国を潤すわけではない」


史官は水晶板を忌々しげに木箱へ放り込み、冷たい音を立てて錠を下ろした。



「この件は忘れろ。歴史には、守るべき『正解』というものがある」


リュカは何も言わなかった。


抗っても変わらないことは、村にいた頃から知っている。


その夜、リュカは一人、発掘記録の写しの最後に一行だけ書き足した。


『神話は、嘘ではない。ただ、語る者の都合が違うだけだ。』


紙を折りたたみ、深く上着の内側にしまう。


王都の書庫には、重い扉の奥に真実が眠り続ける。


今日も広場からは、子どもたちの無邪気な声が響いていた。


「昔々、悪い魔女が太陽を盗みました」と



リュカはその声を背に、一人、王都を離れる道を歩き出す。


祖母の墓には、まだ花を供えていない

今度は、届けたい相手ができた気がした。

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