魔王城の料理人
魔王城の料理人
魔王城と聞けば、誰もが禍々しい玉座や恐ろしい魔物を思い浮かべるだろう
だが、その地下には毎日、もっと恐ろしい戦場がある
厨房である。
「ドラゴン肉、在庫ゼロです」
注文票を見つめた料理人は、小さくため息をついた
今日の献立は、ドラゴンステーキ、オーク用特盛シチュー、スライムゼリー千人前。
どれも魔王軍では人気の定番料理だ
だが、肝心の食材がない
そこへ、のんびりと魔王が顔を出した
「昼飯はまだか」
「食材がありません」
料理人は即答した
「では勇者を倒しに行くか」
「勇者より市場へ行ってください」
魔王はしばらく黙り込み、やがて静かにうなずいた
その日の魔王軍は総出で買い出しに出かけた
オークは米俵を軽々と担ぎ、ゴブリンは山ほどの野菜を抱え、ドラゴンは巨大な翼で冷蔵品を運ぶ
町の人々は、荷物を運ぶ彼らを見ても誰一人として正体には気づかない
「最近、配達の人たち、ずいぶん力持ちになったね」
そんな噂だけが町に残った
夕暮れになるころ、厨房には香ばしい匂いが満ちていた
豪華な料理が長い食卓を埋め尽くし、魔物たちは目を輝かせる
魔王はナイフとフォークを置くと、しみじみと言った
「世界征服より、お前の料理を守るほうが難しいな」
料理人は笑いながら、鍋の火を止める
「献立は、どんな戦略書より複雑ですから」
その日も魔王城では、誰一人として戦わなかった
ただ、おかわりを巡る小さな争いだけが、最後まで続いていた




