ドラゴンの世話係
竜舎の朝は、人よりも早く始まる
夜露に濡れた石畳を歩き、扉を開けると、藁の匂いに混じって、竜たちの静かな寝息が迎えてくれる。
私は毎朝、その音を聞くたびに思う。
今日も、みんな生きている。
それだけで十分だと。
世話係の仕事は、特別なものではない。
餌を運び、翼を洗い、傷ついた鱗に薬を塗る。
熱を出せば夜通し寄り添い、眠れない子竜がいれば、朝まで背中をさすってやる。
英雄のように名を残すこともなければ、歴史書に書かれることもない。
けれど、一頭の竜は、生まれて最初に私の声を覚える。
そして今日、その子が旅立つ。
十年前、手のひらほどしかなかった命は、今では空を覆うほど立派な翼を持った。
「もう、大丈夫だ。」
そう言うと、竜は何も答えず、大きな額を私の肩へそっと預けた。
子どものころと変わらない癖だった。
私は最後に首元の鱗を磨き、静かに手を離す。
竜はゆっくりと翼を広げた。
風が吹き抜ける。
朝日に照らされた鱗がきらめき、一枚一枚が空へ溶けていくようだった。
何度もこちらを振り返りながら、竜は青空へ消えていく。
見えなくなっても、私はしばらく空を見上げていた。
やがて竜舎へ戻ると、新しい卵がひとつ、静かに揺れていた。
私はそっと抱き上げ、小さく笑う。
「はじめまして」
世話係の仕事は、竜を空へ返すことではない。
別れの日が来ても、「行っておいで」と笑える心を育てることなのだ




