魔導橋点検士
王都と北の山脈を結ぶ『浮遊橋』は、魔力で空に浮かんでいる
毎日、何千人もの旅人や商人が渡る
だが、橋を見上げる者はいても、その橋を支える者を見る者はいなかった
魔導橋点検士――それが、ロイドの仕事だった
夜明け前、まだ誰も歩いていない橋を一人で巡る
魔力結晶の輝きを確かめ、支柱の刻印をなぞり、一本一本の固定具を叩いて音を聞く
「毎日同じことの繰り返しですね」
今年入った新人が、あくびを噛み殺しながら言った
「昨日も異常はありませんでした。」
ロイドは答えない
橋の端にしゃがみ込み、小さな金具を見つめる
「これ、少し緩んでいる」
新人は笑った
「それ一本ですか?」
ロイドは工具を取り出し、静かに締め直した
「一本だからだ」
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翌日
北の山脈から百年ぶりという暴風が吹いた
町中の看板が飛び、木々が大きく揺れる
それでも浮遊橋は微動だにしなかった
旅人は口々に言う
「さすが王都の橋だ」
「丈夫にできてるな」
誰一人、橋を支えた誰かのことは話さなかった
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夕方
点検記録を眺めながら、新人がぽつりとつぶやく
「あの金具……」
ロイドはうなずいた
「あのままだったら?」
「暴風で外れていたかもしれない」
「橋は落ちたんですか?」
ロイドは少し考えてから笑った
「分からん。」
「分からない?」
「外れた金具が一本で済んだか、二本目も外れたか、最後まで持ちこたえたか……そんなことは誰にも分からない」
工具箱を閉じる音が、小さく響く
「だから直すんだ」
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翌朝も、橋は静かに空へ浮かんでいた
人々は安心して橋を渡り、子どもたちは走り、商人は荷車を引く
誰も立ち止まらない
誰も橋を褒めない
まして、点検士の名を知る者はいなかった
ロイドは橋の欄干を軽く叩き、歩き始める
「何も起きなかったか」
その一言だけ残して




