異世界画家 ― 描けない色 ―
異世界一の画家と呼ばれる男がいた
彼の絵は、生きているようだと評判だった
朝焼けを描けば、鳥がさえずり
海を描けば、波音が聞こえる
竜を描けば、今にも空へ飛び立ちそうだった
王侯貴族も魔王も、こぞって彼に絵を依頼した
「君に描けないものはない」
誰もがそう信じていた。
しかし、レオンには一つだけ、どうしても描けない色があった
どんな顔料を混ぜても違う
虹の粉
妖精の羽
月のしずく
世界中の珍しい絵の具を集めても、その色だけは生まれなかった。
「幻の色だ」
人々はそう呼んだ
レオンは半生をかけて、その色を探し続けた
ある日のこと
旅の途中、小さな村へ立ち寄った
丘の上では、一人の少女が夕焼けを眺めている
画家も隣に腰を下ろした
空は燃えるような赤から、やさしい橙へとゆっくり染まっていく
少女がぽつりと言った
「きれい」
「そうだね」
「今日は、お母さんの色」
レオンは首をかしげた
「お母さんの色?」
「うん」
少女は微笑んだ
「お母さんが笑ってる日の夕焼けは、いつもこの色なの」
画家は何も言えなかった
目の前の夕焼けは、さっきまで見ていたものと何も変わらない
それなのに今は、まったく違う色に見えていた
その夜、画家は筆を取った
赤でもない
橙でもない
どんな絵の具を重ねても、その色にはならなかった
やがて彼は静かに筆を置いた
ようやく分かったのだ
探していたのは、世界のどこかにある幻の色ではない
誰かを思う心が映し出す、たった一人だけの色だったのだと
その日から画家は、幻の色を探す旅をやめた
代わりに人々の話を聞いてから絵を描くようになった
不思議なことに、その絵を見た人は皆、こう言った
「この絵には、私だけの色が描かれている」
画家は微笑むだけだった
その色は、最初から絵の具の中には存在しなかったのだから




