魔王堂書店
魔王堂書店
魔王城・地下三階。
血生臭い拷問室と、物騒な武器庫に挟まれるように、その店はあった。
看板には、こう書かれている。
『本屋・よみみち』
店主の俺は、異世界に迷い込んだ元・日本人。
勇者にもなれず、魔法も使えない俺が、生き残るために選んだ職業は――魔王軍専属の書店員だった。
カランコロン。
「おい、人間……いるか」
地響きとともに、巨大なオークが店内へ入ってきた。
身長三メートル。
全身傷だらけ。
左手には血塗られた大斧。
魔王軍四天王の一角――『鮮血の狂戦士』ガルガ。
「い、いらっしゃいませ、ガルガ様。本日はどのような……」
「『胸キュン☆放課後デイズ』の最新七巻は入ったか?」
「……はい?」
「最新刊だ!」
「あ、はい。今朝の仕入れ便で届いております」
俺が差し出した少女漫画を、ガルガは巨大な爪でそっと受け取った。
まるで壊れ物を扱うように。
「おお……!」
血走った目が輝く。
「六巻の最後、ユカが幼なじみのトモヤに図書室で壁ドンされたところで終わっていたからな。この一ヶ月、続きが気になって夜も眠れなかったのだ!」
「魔王軍の進軍より気にしてません?」
「当然だ!」
ガルガは胸を張った。
「魔王軍は逃げん。しかし恋の行方は逃げる!」
「何言ってるんですか」
カランコロン。
「ふん。相変わらず単細胞ね」
冷気とともに現れたのは、もう一人の四天王だった。
『氷の死霊術師』レイラ。
絶世の美女だが、目つきは冷たい。
「レイラ様、いらっしゃいませ」
「『伯爵令嬢は黒騎士の溺愛から逃げられない』の特装版は?」
「ございます」
「あと――」
レイラはガルガの手元を見た。
「まだそんな古臭い幼なじみヒロインものを読んでいるの?」
ガルガの眉がピクリと動いた。
「なんだと?」
「トモヤは当て馬よ」
「貴様ァ!」
「最後に選ばれるのは、途中から登場するクール系眼鏡男子。これは少女漫画の常識よ」
「ふざけるな! トモヤは中学時代からユカを一途に想っているんだぞ!」
「だから負けるのよ」
「なぜだ!」
「幼なじみだからよ」
「理由になってねえ!」
「過去の少女漫画を分析すれば明白。幼なじみの勝率は――」
レイラは指を一本立てた。
「低い」
「俺のトモヤを馬鹿にするなァァ!」
ガルガが大斧を振り上げる。
レイラの足元から氷が広がる。
「表へ出なさい。氷漬けにしてあげる」
「上等だ! 俺の斧で正史を決めてやる!」
「お客様!」
俺はカウンターから飛び出した。
「店内で推しカプの解釈違いによる殺し合いはおやめください!」
その瞬間――。
「ええい! 騒々しいぞ、貴様らァ!」
魔王城全体が震えた。
棚の本が一斉に揺れる。
照明が消える。
禍々しい魔力が店内を満たした。
俺も、ガルガも、レイラも凍りつく。
漆黒のマント。
燃えるような赤い瞳の美青年。
絶対的恐怖の象徴――魔王、その人だった。
「ま、魔王様!」
四天王が慌てて跪く。
俺も土下座した。
終わった。
古本屋で四天王が喧嘩した。
こんな理由で魔王の怒りを買ったら、俺の人生はここで終了だ。
魔王はゆっくりとカウンターへ歩み寄った。
そして、低く恐ろしい声で言った。
「店主」
「は、はいっ!」
「わしが予約しておいた『君に届け』全巻セットは届いておるか?」
「……はい?」
「泣けるらしいな」
「え、ええ。裏にお取り置きしておりますが……」
「うむ」
魔王は満足げに頷いた。
そして、跪く二人の四天王を見下ろす。
「それと、お前たち」
「「はいっ!」」
「『胸キュン☆放課後デイズ』の真の勝者は――」
魔王は静かに目を細めた。
「保健室の先生だ」
「「なぜですか!?」」
「いつも陰からユカを見守っているからだ」
「「魔王様も読んでるんですか!?」」
「当たり前だ」
魔王は鼻を鳴らした。
「魔界には、あんなにピュアな恋愛はないからな」
その声が、わずかに震えていた。
「……尊い」
「魔王様!!?」




