妖精養蜂家【働きたくない妖精】
妖精養蜂家のオリリンには、一匹だけ頭の痛い問題児がいた。
名前はミル。
朝陽が昇り、他の妖精たちが元気いっぱいに花畑へ飛び出していく中、ミルはいつも一番日当たりの良い木の枝で、大あくびをしながら丸まっている。
「ミル、働け!」
「やだ」
「昨日も休んだだろ!」
「明日から本気出す」
「昨日も同じこと言ったぞ!」
それが、二人の毎朝の決まり文句だった。
ところが、ある日の夕暮れ。
森に獰猛な魔獣・グランベアが迷い込んできた。
運悪く出くわしてしまったリオは逃げ遅れ、巨大な爪が容赦なく振り下ろされる。
(……やられる!)
オリリンが目を閉じた、その瞬間。
ピシュンッ!
小さな光の弾丸が飛び込んできた。
「こらーーっ!!」
ミルだった。
小さなミルは、巨大な魔獣の鼻先に強烈なドロップキックをお見舞いした。
「ぼくのの大事なお昼寝の邪魔をするなーー!」
「怒るのそこかよ!」
ひるんだ隙を突き、他の妖精たちが目潰しの魔法の粉を一斉に撒く。
オリリンも素早く魔力の蔓を展開し、魔獣を森の奥へと追い払った。
静けさを取り戻した森で、オリリンはへたり込みながら息を吐く。
「……ミル。お前、俺を助けてくれたのか?」
「違う」
ミルはぷいっとそっぽを向いた。
「じゃあ、なぜ?」
「オリリンがいなくなったら……誰が私に美味しいお水を出してくれるのよ。困るから」
そう言い捨てると、ミルは再び木の枝に戻り、丸まって寝てしまった。
翌朝。
オリリンが点検のために巣箱を開けると、見慣れない光景があった。
ミルの専用スペースに、少しだけ蜜が入っていたのだ。
しかも、普通の黄金色の蜜ではない。
まるで月明かりをそのまま溶かしたような、淡い銀色。
その中には、星屑のような小さな結晶がきらきらと瞬いていた。
「ミル。お前……蜜を作ってたんだな」
「うん」
「でも、いつ?」
「夜」
「夜?」
ミルは少し恥ずかしそうに、羽をこすり合わせた。
「昼にみんなとわいわい働くのは嫌なの。うるさいし。……でも、夜の静かな森は、星の音が聞こえて好きだから」
オリリンはハッとした。
ミルは、決してただの怠け者ではなかったのだ。
みんなと同じ時間、同じ環境で働くやり方が合わなかっただけなのだ。
「……じゃあ、これからは夜に働けばいい」
「昼は?」
「好きなだけ寝ていい。それがお前のスタイルだ」
「最高!」
ミルはパァッと顔を輝かせ、大喜びで飛び回った。
それから、ミルは夜だけ働くようになった。
一晩で採れる量はほんの少しだったが、その『月明かりの蜜』には、どんな疲れも一瞬で吹き飛ばす、不思議で強力な回復の力が宿っていた。
ある朝。
オリリンが巣箱を開けると、いつもの倍の銀色の蜜が入っていた。
「ミル。今日はずいぶん頑張ったな」
「……うん」
「どうしたんだ?」
ミルはモジモジしながら、小さな声で言った。
「オリリン、最近クマ騒動で疲れてたから……これ食べて元気出せばいいなって思って」
オリリンは驚き、そして優しく笑った。
「そりゃ、嬉しいさ。ありがとうな」
ミルは耳まで真っ赤にして、慌てて付け加えた。
「じゃ、じゃあ……その分、明日はきっちり有休もらうからね!」
「お前、本当にそれでいいのか?」
「うん」
夜明け前の青い光の中、ミルは嬉しそうに小さな羽を広げた。
「でも、大切なものはちゃんと守るよ」
オリリンはたまらず吹き出し、小さく頷いた。
その日、スプーンですくって舐めた銀色の蜜は――
いつもより、ほんの少しだけ甘かった。




