忘れられた村の案内人
旅の途中、私は霧の深い森で道に迷った
すると、一人の青年が現れた
「お困りですか」
「村はありますか?」
青年は静かに笑った
「ございますとも」
霧の向こうには、小さな村があった
パン屋
鍛冶屋
宿屋
子どもたちの笑い声
どこにでもある、穏やかな村だった
宿屋で一泊し、温かいスープをごちそうになる
「また来てくださいね」
宿の女将は笑顔で見送ってくれた
翌朝
村は消えていた
建物も
畑も
井戸も
何もない
あるのは、草原だけ
私は立ち尽くした
夢だったのか
その時だった
ポケットに硬いものが触れた
宿の鍵だった
昨夜、女将から預かった鍵
確かに残っている
町へ戻ると、古い地図を調べた
森には、昔、村があったらしい
百年前
魔物の襲撃で滅んだという
私はもう一度、森を訪れた
霧の中に、あの青年が立っていた
「村へ行きたいのです」
青年は首を横に振る
「もう行けません」
「どうしてです?」
老人は少し寂しそうに笑った
「昨日で、最後のお客様でした」
私は宿の鍵を差し出した
青年は受け取ると、深く頭を下げる
「百年間、誰かが訪れるたびに、村は一夜だけ帰ってきました」
「では、もう……」
「ええ」
老人の姿が、霧の中へ溶けていく
「これで村人たちは、ようやく眠れます」
風が吹いた
森は静かだった
私は振り返り、一度だけ頭を下げた
あの村はもうない
それでも私は、旅先で霧の森を見つけるたびに足を止める
もしかしたら今夜も
誰かが忘れられた村へ招かれているのかもしれない




