襲撃
翌朝、まだ空が薄紅に染まる頃。クナーの埠頭には、水夫たちの掛け声と木箱を運ぶ車輪の音が響いていた。だが、その喧噪は突如として凍りついた。
海面から現れたのは、鋭い鰭、青白い鱗、無感情な瞳をした――武装した魚人だった。
剣を持つ者、槍を構える者、その数、次第に二十、三十と増え、やがて百を超える群れとなって埠頭に上陸。彼らは一言も発せず、ただ無言で水夫たちを次々に切り伏せていった。鮮血が木製の床板を赤く染める。
悲鳴が港にこだまし、数刻後にはクナー全域に警鐘が響き渡った。
「魚人、港を襲撃中!」
市内のギルド関係者たちがその報を聞きつけるのとほぼ同時に、街を守る軽装歩兵隊が出撃した。クナーに駐屯するこの部隊は、各ギルドや商会が資金を出し合って維持している民兵的存在であったが、その士気は決して低くはなかった。
「街を守れ! 一歩も引くな!」
総勢三百の歩兵たちは、路地を抜けて港へと集結し、魚人たちと激突。冒険者たちも自発的に集まり、後方からの支援魔法や狙撃、突撃を試みた。だが、敵の数はそれを遥かに上回っていた。
感情を見せぬ魚の瞳は、斬られようとも怯まず、ただ執拗に前進を続けた。守備隊の槍が折れ、冒険者の魔法が枯渇し、仲間の亡骸を越えてなお、魚人たちは進み続けた。
路地が血に染まり、倉庫の扉が破られ、物資が物色されはじめる。
「もう持たない……!」
誰かがそう呟いた瞬間だった。
規則正しい行軍の音と擦れ合う金属音が耳に届く。
クナー郊外に駐屯する、王直属の重装歩兵隊が突入したのだ。全身を金属鎧で覆った百人単位の兵たちが列を成し、整然と、力強く戦列を組み、魚人の群れに迫ってゆく。
「王軍だ……! 王軍が来たぞ!」
その瞬間、崩れかけていた守備隊と冒険者たちの士気が復活した。重装歩兵は盾で魚人の突撃を受け止め、後列からの槍が的確に敵の急所を突いた。完全な軍の戦術による反撃だった。
やがて戦局は一変し、魚人たちは押し返されていった。倉庫を離れ、埠頭を越え、最後には海へと追い立てられ、波間に姿を消した。
港には死体と血、破壊された荷物と、呆然とした生存者たちが残された。
エミリー・フラーはその光景を遠巻きに見ながら、静かに拳を握りしめた。
──これはただの襲撃じゃない。何かが、始まりつつある。
そして、血に染まった海が、次なる嵐を予告しているようだった。




