因縁の対決
シュブ・アックス。
幹部であり、魔王の右腕とも呼ばれる彼は魔王軍の中でも最強を誇る剣士であり――
「なんだ……貴様らか。通りすがりの冒険者が、こんな所までなんの用だ?」
「今はもう、あなたが待ち侘びていた勇者ですよ。白髪ロン毛」
「アックスだ!……俺に一度殺されたというのに、随分と強気なものだなぁ?」
神作を殺した、因縁の相手でもある。
「どうやって生き返ったかは知らんが……せっかく蘇った生命をまたすぐ天へと還すことになるぞ?いいのか」
「……あなたは地獄に落ちる事を、今から覚悟しておいた方がよろしいかと」
風属性の剣を手にした神作とアックスの間に、緊張感が走る。
言葉を交わさずとも、この戦いに介入してはいけないと理解した体は後ずさり、入口付近で立ち止まった。ここからはもう、足を引っ張らないようにだけ気を付けつつ見守るしかない。
長く続いた沈黙の中、先に動いたのは神作で、両手持ちした剣を腰の後ろで構えるようにして、アックスへ向かい突進していく。
あっという間に距離を詰めて繰り出された斬撃は、長剣によって軽々と跳ね返された。
「その程度では、傷一つつけられんぞ」
「……そうみたいですね」
見下されても諦めず次も、その次も剣を振るう神作だったけど、ことごとく弾かれてしまう。
異なる剣同士がぶつかり合い、金属製の音を鳴らし続ける。刃が当たるたび、ふたりの間には火花が散っていた。
「どうした?そんなものか。以前のように、他の武器も使えばいいじゃないか」
「次に会った時はこの剣で倒すと決めておりましたので」
「ハンデのつもりか?」
「今さら気が付きましたか?」
煽り煽られを繰り返すふたりの表情は次第に歪んでいき、憤りを隠しきれなくなったアックスが大きく振りかぶる。
そのタイミングを狙っていたかのように、神作は剣の根本から剣先まで、掌をかざすようにして動かした。
瞬間、おそらく魔法陣の効果が発動したんだろう。目に見える風の渦が刃全体を覆い尽くして、一振りすれば小さな竜巻が起こり、アックスの体へ一直線にぶち当たる。
後方へ飛ばされた彼は舌打ちを鳴らして、唇を悔しそうに噛み締めた。
体勢を崩したところへ、神作は連撃を繰り出す。刃はアックスの服の一部を破り、見えた肌にはうっすらと血が滲んでいた。
「風と剣……厄介だな」
「お褒めに授かり光栄です」
「褒めてない!」
神作が振るうたび襲いかかってくる竜巻を一払いでかき消したアックスが、長剣の先を後ろに向け、腰元で構え持つ。
まるで居合い斬りと変わらない構えに、私も神作も嫌な予感を轟かせた。
瞬きをする間もなく、警戒して半歩下がった神作の手から、剣が消えた。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
カランと遙か背後に落ちた剣の音で、ようやく理解する。目にも止まらぬ速さで、武器を奪われたと。
「よそ見してる場合か?」
剣に気を取られたところへ、長剣の刃が滑った。
丸腰の神作に対抗できる手段はなく、かろうじて背中を折り曲げ、助走なしのバク転で回避できたものの刃先はメイド服のスカートを一部切り落とした。
「あっ…!私の一張羅が……なんて事をしてくれるんです!」
ハラハラと落ちる布を見て声を荒げた神作は、猛ダッシュで剣を取りに向かう。
だけどそれも、背後からの突き刺しによって阻止され、避けきれなかった一撃が脇腹を貫いた。
「ひとつの武器に執着していると、死ぬことになるぞ…?」
「どうやら、そのようです。……が!しかし!私は諦めませんよ!」
意地でも風属性の剣を使おうとする神作に、内心「なにやってんの、ばか」と思ったものの、気を削いではいけないとなんとか堪える。
華麗なスライディングを見せて、剣を手にした神作はそのまま攻撃に転じるためか床を強く蹴り、高く跳躍した。
両手を振り上げ、隙だらけの状態をアックスが見逃す訳もなく長剣を滑らせたけど、それよりも早く足の裏が顔面を直撃する。
「剣を使え、剣を!」
「蹴る方が早かったものですから……足が長すぎるのも考えものですね」
着地後、軽口を言いながらも剣を振り回す神作と、傷を作りながらも耐えるアックスの攻防はしばらく続いた。
「っはぁ……はぁ。全然、HPを削れません。困りました」
「貴様の体力は尽きそうだな」
「長期戦は苦手なんです」
「そうか。……俺は、大の得意だ!」
ははは、と狂ったように笑い、乱雑に長剣を振るうアックスに、今度は神作の体に傷が増えていく。
メイド服はところどころ破れ落ち、現れた白い素肌には何本も赤い線が作られる。さっきから、一向に勝敗がつく気配はない。
「か、神作……がんばって!」
「はっ。そうだ、奴がいるじゃないか」
だけどそれも、私の余計な一言のせいで空気が一変した。
アックスが指を鳴らすと、周りには魔王軍のモンスターが現れ、取り囲まれる。
あの時と同じような状況に陥ったにも関わらず、神作は動じた様子もなく、私の方を向くこともなくアックスだけを静かに見据えていた。
「どうした?助けに行かなくていいのか」
「……そう何度も、同じ手には乗りません」
「お姫様が殺されてしまうぞ」
「その心配は不要です。ああ見えて李瑠様は足手まといの雑魚から、少しは使える雑魚に進化しております故」
「本当だとしてもひどい!」
「それに」
両手でしっかりと剣を構え持った神作は、小さく微笑む。
「私も、李瑠様も……互いのため、何度だって死ぬ覚悟はできています」
強く意思を宿らせた言葉に、アックスの表情も変わる。
お互い真剣な眼差しを交差させて、再び拮抗した攻防が始まった。その間、私は魔物収納玉を使ってらくらくモンスター達を倒していく。
はじめはアックスが優勢で、神作はだんだんとHPが削られているせいか動きも鈍くなり、全身から滴る血が床を濡らす。
途中から逃げの姿勢に入った彼女が部屋全体を走り回るのを追うように、アックスは絶え間なく攻撃を続けていった。
「どうした?逃げてばかりじゃないか!」
「長期戦は苦手だと、言ったはずです」
「ふん。長引かせているのは貴様だろう。同じところをグルグルと……馬鹿にしてるのか!無駄なことはもうやめろ!」
「はい。やめます」
逃げ回ること数分。
言われた通り足を止めた神作の手には、お気に入りの日本刀が握られていた。
「あの剣で倒すことは……もう諦めたか?」
「いえ。最後にこれでHPを吸い取りたいなー…って思って」
「そんなことさせるわけ……待て。もうひとつの剣はどこへやった?」
「そちらです」
神作が手で指したのは、部屋の中央。
いつの間にかぽつんと置かれた風属性の剣を囲むように血の円が広がり、何かを察したアックスが走り出そうとしたのを日本刀で貫いて止め、それと同時に神作の足が僅かに横へ動いた。
「貴様、なにを…?」
足元にあった血が繋がると、そこから眩い光が繋がり、最後には剣が置かれた中心部に到達する。
「魔法陣で、簡単な火種をご用意致しました」
薄緑色の剣まで光を放ち、そのすぐ後で黒炎をまとった風の渦が巻き上がった。
黒く淀めいた炎はアックスの体を包み込み、服や髪、皮膚をもじわじわ溶かしていく。悲痛な叫び声が鼓膜を揺らし、思わず耳を塞いだ。
あれだけの攻防を繰り広げたというのに、最後には終わりの言葉もなく、呆気ないくらいの早さで消滅してしまった。
アックスがいた場所には何も残らず、人が存在していた痕跡すらない。そのくらい熱温度の高い炎が、揺らめいていた。
「……最初に覚えた炎魔法が役立ってよかったです」
名残惜しそうに魔法陣の一部を消し、燃え盛る炎が落ち着いてから剣を回収した神作は、私の元まで歩いてくる。
モンスター達は、アックスの死をきっかけに姿を消していた。
「神作…!大丈夫?」
「……キズ薬を飲ませてください」
「う、うん!今出すから、ちょっと待ってね」
「できれば口移しで」
「……冗談だとしても、ほんとにやるよ?」
「すみません言ってみたかっただけです、普通に飲ませてください」
戦いの影響で脳が混乱でもしているのか、普段は言わないような冗談を言う神作にキズ薬を手渡して、回復する姿を見守る。
ひとつじゃ足りなかったみたいで、三つほど瓶を開けた神作は疲労困憊な様子だったから、しばらくその場に留まって休もうかと提案した。
「いえ……この後は敵の少ないエリアが続きますから、進みながらでも休めます。私は大丈夫です、行きましょう」
だけど先を急いでいる神作によって却下され、結局次のステージへ進むことにした私達は、アックスさえもいなくなった静寂の室内を残して部屋を出た。




