いざ、魔王城へ!
“データ転送中...”の言葉が、画面中央で点滅する。
「クソ……クソ、クソ!早くしろ、間に合え…!」
灰色のテーブルに並べられたキーボードを忙しなく叩いては余裕なく叫ばれた独り言を拾う者は、誰一人として居ない。
しかし、それでも発狂に近い声色で叫び続け、ふとブルーライトを発光するモニターを見上げた人物は、その眼を血走らせて睨んだ。
「何もかも、お前の思い通りにはさせないぞ…」
視線の先には、真行寺李瑠もよく知る人物が映し出される。
「神作…!」
忌々しい相手を呼ぶ声は、青白く照らされた室内に虚しく響いた。
画面の前で屈辱に歪む口元とは裏腹に、画面の中では、神作使の口角が僅かに上がった。
「ひどい……もうお嫁に行けません。…元より行く予定もありませんが」
「ちょっと、もう……いつまで泣いてるの?それに大丈夫、私が嫁に貰ってあげるから」
シクシクと顔を覆い隠して肩を震わせる神作に声をかけたら、珍しく鋭い目つきで睨まれた。
「泣きますよ。生まれてこの方、誰にも許さず守り抜いてきた純潔をゴリ押しで奪われたんですから」
「なにその言い方。まるで私が無理やり犯したみたいじゃない」
「あれが無理やりじゃないなら、この世に“強姦”の二文字は存在しません!」
「ひどい、そこまで言う?あんなにノリノリだったくせに」
「ノリノリではありません、不可抗力です。生理的現象です、抗えない本能です!」
「本能って……元々ち■ち■生えてるわけでもないのに?」
「ちん……っは、はしたない言葉を平然と口にするのはおやめください!真行寺家の人間として、もっと自覚を持って…」
「はいはい。口にするのは舐める時だけにするから。早く行こ?」
「っ…そ、そっちの“口にする”じゃない!処女膜と一緒に品性まで失ってしまったのですか!」
「神作だって下品じゃない…」
朝から口喧嘩とも言えないような言い合いを繰り広げて、神作も泣き止んで落ち着いたところでさっさと支度を済ませて宿を出た。
ホーキンズから魔王城までは通常、馬車だと十日はかかる。
だけどイオイルムに乗っていけば半日に短縮できるから、そこまで長旅にはならないはずだ。
この戦いを終えれば、神作とふたりで過ごす異世界ライフが待っている。そこからが私達の人生の本番と考えたら、魔王退治はあくまでも序章にしか過ぎない。
「早く倒して、次は神作の子供妊娠しちゃうもんね」
「……あれ。子供を作る前提で話が進んでます?」
「え?そうだけど……何か問題ある?」
「気が早いですよ。結婚もまだなんですから」
「でも全部終わったら、結婚してくれるでしょ?」
「……余生は穏やかに暮らしたいなぁ」
遠回しにフラレた気がするけど、今はもう落ち込まない。答えられないだけって、分かってるからだ。
だって昨日の夜は?泥酔してた訳でもないのにデレデレだったし?もう私のこと好きでしょ。好き通り越して愛でしょ、これは。
という謎の自信から、神作にベタベタとくっつくこと数時間。
「やっと着いたー!魔王城!」
ホーキンズからウォーリアルを抜け、さらに北へ北へと進んで到着した、魔王城のある地域――テンペラーアリステラ。極寒の地でもあり、常に雪が降り積もるここはどこを歩いても白銀の景色が広がっている。
魔王城は森を抜けた先にある、天にも届きそうなほど高い建物で、イルムが降ろしてくれたのはその入り口となる広場だ。
本当は最上階まで行きたかったけど、安全に着地できる広さが足りていなかったため、拓けた場所である入口広場にした。
「ありがとね、イルム。寒いから帰ってていいよ」
「……もったいない。戦闘に使えば最強なのに」
「万が一のことがあったら、巣で待ってる子供達が可哀想でしょ?」
「その甘さが、今後に響かなければいいのですが」
「ご、ごめん…」
呆れた声が心に刺さって、しょんぼりと肩を落とした。
「冗談です。……その優しさもまた、李瑠様の長所ですから。落ち込む必要はありません」
「うぅー、神作ぅ……すき!」
「一度体を許したからと、調子に乗らないでください」
抱きつこうとしたら、冷たい言葉と共に物理的にも突き放されてしまった。
さっきよりも落ち込んで、とぼとぼ歩く。
後ろから、肩にそっとダウンコートを掛けてくれた神作はいつも通りで、それがまた寂しさを与える要因だった。
兎にも角にも、魔王を倒さないことには私達の関係も進展しない。
固く閉ざされた巨大な門の前に立つ。鉄製の、氷を表面にまとった門は軽く押しただけではビクともしない。
「これ……どうやって開けるの?」
「こちらです、李瑠様」
入れなかったらどうしようと絶望するよりも前に、手招きしてきた神作の方へ小走りで向かう。
「どこにも扉なんてないけど…」
「あります。ほら」
神作が掴んだのはうねるような蛇の装飾で、ギギギと音を鳴らしながら開いたのは……
「ちっさ」
私の身長でギリギリ、入れるかどうかくらいの高さしかない扉だった。
どうやら首が痛くなるほど高く大きな扉は見せかけで、こっちが本当の出入り口らしい。にしても、小さすぎる。
なんにせよ建物に入れてよかった、と広場から広間へ移動したら、今度は床を埋め尽くすほどの鎧を着たモンスター達――魔王軍の軍隊が待ち構えていた。
「な、なにこの数…」
「最後のレベル上げポイントでしょうね。ここで一気に倒して、力を蓄えておきましょう。…私はレベルカンストしてるので意味ありませんが」
「一気に……って、どうやって?」
「新技を覚えてきたんです。見ててください」
「新技…?」
自信ありげに、ダミアンとの一件で手に入れたあの白い弓矢を取り出した神作は、指の付け根で三本も挟んだ独特な持ち方で、数多く蠢く軍隊に向けて矢を放った。
避けるのが難しいほど高速で放たれた矢はいとも簡単に鎧を貫いたかと思ったら、今度は弾ける音と閃光が辺りを包む。
閃光は一度ならず二度、三度と続き、軍隊の間を電撃のように駆け抜けては、モンスター達は成すすべもなくバタバタと倒れていった。
「これが私の編み出した新技……その名も、拡散する矢で、こう、なんかいい感じにいっぱい倒せる!です」
「ネーミングセンスと語彙力どこ行っちゃったの…?」
意気揚々と振り返り、キラキラした瞳で私の方を向いた神作は可愛く、とてつもない有能であることは分かるけど、肝心の名前がダサすぎる。絶対、今さっき思いついたでしょ。
「この弓矢には、敵に当たると衝撃が光の集合体となり破裂し、周囲に飛び散る“拡散魔法”を仕込んでおります。密集度が高ければ高いほど威力を発揮する、まさに雑魚敵を一掃するには最高の新技です!いかがでしたか!?」
「わ、わー……かっこいい」
「そうでしょう、そうでしょう。これさえあれば、下っ端のこいつらなんか一網打尽。ははは!私の強さの前にひれ伏すがいい、雑魚共が!」
「……神作、テンション上がりすぎて魔王みたいなキャラになっちゃってる。落ち着いて」
「失礼致しました」
冷静を取り戻してくれた神作を見てひとまず安心するものの、敵が減っている実感はない。
さっきの攻撃で少なくとも十体は倒れていたはずなのに、次から次へと湧いて出ているんじゃないかと思うほど数に変化はなかった。
これでは、倒しても倒しても先が見えない。
「どうする?神作」
「魔王戦は、連戦になる可能性が非常に高いです。ここで体力を消耗したくはないのですが……どうしましょう」
「うーん……それなら、私に任せて!」
今度は私が、と胸を張る。
「私も、新技があるもんね」
「……未だレベル25しかないクソザコ李瑠様の新技、ですか。あまり期待はできませんね…」
「失礼な!私だって少しは頑張ってきたんだから。見てなさい!」
馬鹿にしてくる神作にも隠していた、ウォーリアルで鍛え上げた技を、今こそ見せる時がきた。
ボックス内から、予め用意していた赤と白のボールを取り出すと、途端に神作の表情が怪訝なものに変わる。
「それは、なんですか?」
「ふふん。これはモンスターボー……魔物収納玉、その名の通り、使役した魔物を収納できる画期的な玉だよ!」
「……どこで、それを?」
「草むらで拾った。6個くらいまとめて落ちてた」
「またそんな怪しい物を拾って……まぁしかし、テイマー専用武器という訳ですね。それなら納得です」
「そ、そんな感じ」
仕組みとか原理はよく分かってないけど、とにかく手懐けたモンスターにこの玉を当てると収納されてくれる便利な代物。
これを床に放り投げて、名前を叫ぶことで呼び出すことができる。しまう時はまた当てればいいだけの簡単な仕様である。
だから私は2個ほど投げて、床に着地して転がったのを確認して、「ベント、ベンダー」と叫んだ。
私の声に反応してパッカリと開いた玉の中から飛び出してきたのは、紫色の大型スライムのベントと蛇の下半身に犬の顔を持つベンダーだ。
「いけ!ベント、ベンダー……“どくのむち”!」
「どうしてか、聞き覚えのある懐かしい響きですね…」
命令に応じてベントは毒を吐き出し、その毒をしっぽで絡め取ったベンダーが素早く動いて毒を撒き散らしながら叩いていく。
「どう?私だって戦えるんだから!」
「……李瑠様は何もしていないと思うのですが」
「いけ、神作!千万ボルト」
「はい!……って。出来るわけないでしょうが」
嫌味っぽい神作の言葉を冗談で遮ったら、反射的に飛び出そうとした彼女はすぐに戻ってきて胸ぐらを掴んだ。
「私をモンスター扱いするとは……良い度胸してますね」
「ご、ごめんなさい」
圧に耐えきれず謝って、気を取り直して戦闘に戻った。とはいえ、私は場面に応じて命令を下すだけの簡単なお仕事である。
神作も神作で拡散攻撃を駆使していき、矢のストックを使い切った頃、ようやく最後の一体が倒れた。
「さぁ、次へ進みましょう!」
「うん!……あ。モンスター戻さないと」
ベントとベンダーをまた玉へと戻し、広間を抜ける。
次の空間には、
「随分と待たせてくれたじゃないか…!」
早くも、インターレスト村で出会った魔王軍幹部――シュブ・アックスが待ち構えていた。




