どこに、行くのかな?
ウォーリアルからホーキンズまでは、馬車で数日かかる。
だから街の出入り口で待機してくれている馬車を使用すると神作に言われたんだけど、それを止めて堂々と胸を張った。
「ふふん……神作。ここは私に任せて」
街中ではさすがに無理だから、ウォーリアルを出て少し歩いたところで、掌を天にかざす。
「いでよ、イオイルム!」
声高々に私がそう叫ぶと、神作は意図を理解したらしく「なるほど」と呟いた。
だけど虚しい風の音が響き通るだけで、一向にイオイルムが来る気配はない。
「……今日は良い天気ですね」
「ご、ごめん。来るまでに時差があるの」
「瞬間移動でもない限り、そうなります。大丈夫です、待ってる間は空でも眺めていますから」
「はい……すみません…」
あんなにドヤ顔でやったのに、これは恥ずかしい。
居心地を悪くして身を縮める私の隣で、発言通り空を見上げた神作が、日光浴の影響でぽやぽや頬を赤らめた頃。
ようやく、翼を大きく羽ばたかせる音と共に、私が初めて使役したモンスター――赤鱗竜・イオイルムが到着した。
「久しぶり、イルム!」
私が駆け寄ると、イオイルムは頭を下げて挨拶してくれる。
しばらく顔を撫でて愛でた後で、この時のために作っておいたドラゴン用ハーネスを首に取り付けて、しっかりとベルトを締めた。
「苦しくない…?」
念のため確認すれば、不快感を示している感じではないから大丈夫そうだ。
地面に伏せるようにして下げてもらった頭から背中へと乗って、しっかりとハーネスのベルトを握る。神作は私の後ろに座り、お腹辺りに手を回してくっついてもらった。
これでホーキンズまでひとっ飛び……と思ったんだけど、さすがに馬車で数日かかる距離だから数分単位では行けず、到着するまで数時間かかった。
それでも大幅に時間は短縮できて、この方法ならどこへ行くのも楽ちんである。
「どや!」
「…かわいい」
「え!?」
「あ。すみません、つい本音が……クソガキすぎてかわいいなって。分からせたい」
「なんかそれ、素直に喜んでいいか分からないんだけど……あと、“分からせたい”って何を?」
「現実を?」
「ひどい。もう分かってるもん」
ホーキンズに到着してすぐ、くだらないような会話を経て、さっそく街の中央にある図書館へ向かった。
「相変わらず綺麗…」
「この光景を見られるのも、最後になるかもしれません」
「魔王を倒したら、またいつでも来られるよ?」
「……そうでしたね」
異世界に残るつもりの私と、本当はどこかで帰りたいと願っている神作とでは、受け取り方が違うみたい。
神作のために現世へ帰ることも視野に入れた方がいいのかな?と思いつつ……戻ってしまったら結婚ができないことや、また彼女が奴隷扱いを受けてしまうことを考えたら、迷いは一瞬で消えた。
図書館では主に神作が魔王城に関する知識を集めていて、私はその隣でテイマーについての本を開いた。
「え……テイマーって、一匹しか使役できないの」
「……通常は、そうですね。イレギュラーも、もちろんあるかとは思いますが」
「なるほどねぇ…」
一通り読んだところでパタリと閉じて、神作も終わったと言うから図書館を後にした。
その後も街中を回って食べ歩きなんかをしながら、日の暮れてきた夕方頃に待ち望んだ温泉施設へと入っていった。今回ホーキンズへ来た最大の目的が、この場所と言っても過言ではない。
「せっかくだし、混浴行ってみようかな〜」
「だめです」
男女問わず、獣人や両性具有も。誰でも入れる緑の混浴を選ぼうとしたら、肩をがっしり掴まれて止められた。
「?……なんでだめなの」
「逆になぜ良いと?混浴ですよ。男も、女が好きな女も、人間に興奮する獣人もいるんですよ」
「うん……それがなに?」
「変態に目を付けられたらどうするんです。女湯一択です」
「でも…」
「少しでもいやらしい目を向けられた時点で、そいつをぶち殺してやります。この温泉内で殺人事件を起こしたくないなら、おとなしく女湯にしてください」
「過保護…」
「当然の護衛です!李瑠様はもっと自衛意識を持ってください。まったく…」
なんでそこまで怒るの?って思ってたけど、これは後から知った話――緑の混浴内では、いわゆる乱交に発展することも多いんだとか。それを目当てに選ぶ人もいて、もはや緑のカーテンをくぐる=乱交目的という暗黙の了解があるらしい。
お店側もトラブルさえ回避してくれればと黙認していて、けっこうやりたい放題とかなんとか。
多様性を許しすぎた弊害か、寛容もいきすぎると犯罪の温床になるというのはどの世界でも同じで、妙に納得してしまった。そりゃ、神作が焦って止めるのも無理はない。
温泉を満喫からはお決まりの牛乳を一緒に飲んで、すっかり空も暗くなっていたから宿へと泊まることにした。
「わぁ〜……なんだかこの狭さも懐かしいね」
「はい」
ふたりで寝るにはギリギリのベッドの上、ここぞとばかりにピッタリくっつく。落ちないようにか、腰を支え持ってくれた神作と目を合わせてニコニコ笑った。
「明日はいよいよ、魔王城へ向かいます」
「うん!」
「今夜は、早めに寝ましょう」
「ん!おやすみ」
抱きついたまま――寝たフリをする。
どうしてかは、数十分くらいは経って……私の頬を触ったり、髪を撫でたりして起きていないか確認した神作の行動を見れば分かる。
しっかり眠っていると判断したんだろう、彼女はそーっと毛布から抜け出して、ベッドを降りた。
そして、足音を出さないように気を配りながら扉の方まで歩いて、開ける時も物音を立てないようにする徹底っぷりだ。
「……どこに、行くのかな?」
体を起こして声を掛けたら、ビクリと肩が跳ねるのが視界の端に映った。
おそるおそる振り向いた神作は、目が合うと口元を引きつらせながらも笑みを作る。
「ま、まだ起きて……いらっしゃった、のですね」
「寝るわけないじゃない。神作……あなたがここホーキンズへ来た本当の目的を考えたら、ね」
「な、なんのことでしょう」
「今さら魔王城の情報を集めるために図書館を利用するなんて、そんな必要ないもの。ウォーリアルでも手に入るんだから」
ベッドから出した足を床につけた辺りで、神作も半ば諦めたのか体ごとこちらへ向けた。
「行こうとしてたでしょ、風俗」
前まで歩み寄ってにっこり笑顔で見上げれば、「さぁ?」と言わんばかりの、しらばっくれる気満々な笑みが返ってくる。
わざわざ今になってホーキンズに戻ってくる理由も無いから、確実にそれ狙いだと分かってた。
無論、気付いているのに止めないわけもなく。
「絶対、行かせないんだから!」
ひしっと抱きついて離さない私を、神作は困り果てた顔で見下ろした。
「困ります、李瑠様……これを楽しみに、ホーキンズまで出向いたのに。じゃなくて、えっと」
「やだ!前までは仕方ないかなって思えてたけど、一回抱かれちゃった今はもうむり!他の女の子に触るなんて耐えられない、どうせ抱くなら私にしてよ!」
「り、李瑠様。落ち着いて」
「やだやだ!この私がいながら風俗に行くなんて許さないもん!うぅ〜…!」
「っわ、分かりました。行きません、行きませんから!泣かないで」
最終的に涙まで流した私の必死さが伝わってくれたのか、慌てた様子で抱き締めながら風俗には行かないと約束してくれた。
ベッドに戻ってからも、寝たらまた行っちゃう気がして嫌で、神作の服をぎゅっと握る。
宥めるように髪を撫でてくれる神作は小さなため息を落として、
「ふたなり……やりたかったな…」
と、心底惜しい声で呟いた。
「前から気になってたんだけど、ふたなりってなに?」
「……現世で生きていたらありえない経験が得られるような代物です。ただ、使用後の疲労感はなんとも言えないしんどさですが」
具体的なことは最後まで教えてくれなかったけど、普段理性的な彼女がそこまで気に入ってリピートするくらいなんだから、よほど気持ちのいいものなんだということは伝わってきた。
お店に行かないと体験できないものなら、私で満たすのは難しいのかな。
“だとしたら止めたのはひどいことだったかも”と“だとしても嫉妬しちゃうから嫌”の間で、悶々と悩む。
「その、ふたなり?って……おうちではできないの?」
「できますよ。確か、一般向けの薬があったかと」
「え!じゃあそれ買えば」
「そんな事をしたら、旦那様に怒られてしまいます。無理ですよ。……ほら、もう寝ましょう」
「お父さんのことなんていいって!買ってこようよ」
私が起き上がって手を引いたら、神作は額を押さえて深く深く息を吐き出した。
「あのですね、李瑠様…」
そこでようやく“ふたなり”がどんなものなのかを知った私は、ますますやる気になって街へ繰り出した。神作はきっと、ちゃんと説明すれば諦めてくれると思ってたんだろう。逆効果だったけど。
その夜に、折れてくれるまでせがんで押し切って初体験を済ませたことは……ふたりだけの秘密だ。




